シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

随想/論文集

「ドナドナ」 ~生と死を見つめて~

ドナドナ

ある女性ブロガーの記事を拝見していたら、とっても懐かしい歌に出会いました。
昔、アメリカのフォーク歌手「ジョーン・バエズ」が歌い、それを作詞家の「安井かずみ」さんが邦訳された曲。

「ドナドナ」 ~Dana Dana~
 ある晴れた 昼さがり 市場へ つづく道
 荷馬車が ゴトゴト 子牛を 乗せてゆく
 何も知らない 子牛さえ
 売られてゆくのが わかるのだろうか
 ドナ ドナ ドナ ド~ナ 悲しみをたたえ
 ドナ ドナ ドナ ド~ナ はかない命

 青い空 そよぐ風 明るく とびかう
 つばめよ それをみて おまえは 何おもう
 もしもつばさが あったならば
 楽しい牧場に 帰れるものを
 ドナ ドナ ドナ ド~ナ 悲しみをたたえ
 ドナ ドナ ドナ ド~ナ はかない命


Dana Dana 歌:鮫島有美子

初期の訳詩は、明らかに肉牛として売られ、捌かれる子牛の運命を暗示してました。今ではそのフレーズは省かれてます。
しかし、私は子供の頃、ドナドナと同じ残酷な現実を、幾度も幾度も目の当たりにして育ちました。
その頃の農家はどこも多角経営で、水田や畑作と共に、小規模な畜産もやっていました。

ある日学校から帰ると、昨日まで私の友達だった豚を、父が檻の中に追っていました。表には屠殺場のトラックが待ってました。
豚にも自分の運命が解るのでしょうか?懸命に抵抗するのです。でも、父は豚の尻を棒で叩いて檻の中に入れてしまいました。
檻に入れられて「キィ~キィ~」と泣いていた豚の、悲しそうな声を今でも覚えています。
牛や、豚や、鶏や、たくさんの家畜が食肉として売られて行くのを、この目で見ました。
父は猟師でもあり、猪や兎などの獲物を狩って、ナイフで捌いてました。それらの動物は瀕死でしたが、まだ息がありました。

ある日、母豚がたくさんの子豚を産みました。父は子豚を選別し、省いた未熟児を生きたまま穴の中に埋めました。
この人は何て人だろう…!私は、動物の死にまったく無関心な父を、忌み嫌いながら育ちました。
いえ、自分の子供はとっても可愛がる父親でしたよ…でも、家畜(経済動物)はモノ扱いにしてました。
たくさんの動物の死を目の当たりにした私は、感受性の強い子に育ち、父への反感を募らせて行きました。

そして、事件が起きました。父が獲って来た獲物のレバーを家族で食べた時、私は食中りして、病院で死線をさまよったのです。
幸い一命は取り留めましたが、以来、身体が不調続きで、今まで満足にすっきりした事が一度も無いのです。
父はそんな私をよく叱責しましたが、祖母がかばってくれました。一人で殺生の罪を被った私を不憫に思ったのでしょうか?
ちなみに、父は養子です。信心深い祖母は、猟師を婿に迎える事には反対だった様ですが、祖父に押し切られたみたいです。
後に父と衝突し、長男でありながら勘当同然に家を出る事になった運命は、すでに子供の頃に決定していた様に思えます。

動物の死。自身の病気。子供心に体験した事は、いつも私に「命とは何か?」「死とは何か?」を考えさせました。
TV映画の業界で、悲惨な戦争を体験された二人の脚本家に出会ったのも、きっと、私に付いて回る運命だったのだろうと思います。
人は、一歩足を踏み出せば、知らずと無数の生き物を殺し、生き物の命を食さなければ自身の命すら保てません。
人は罪を犯しながら生きてゆく、生まれながらの罪人であります。罪人であるが故に、身体も心も苦しみます。
そんな罪人である私達に出来る事は、可能な限り「他人」と「他の生き物」が生きる手助けをしてやる事です。
命に「軽い」も「重い」も「大きい」も「小さい」もありません。自身の命と他の命は、等しい値に設定されています。
生きると言う事は、それを常に認識しながら、日々を過ごしてゆく事ではないでしょうか?

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<あとがき>
この曲の「ドナドナ」と言う言葉がヘブライ語である事から、原曲はユダヤ民謡であった事がうかがえます。
作詞者「イツハク・カテネルソン」(ポーランドの詩人)は、妻と二人の子供を、ナチスのユダヤ人強制収容所に連れ去られました。
二度と帰らぬ運命の妻と子供…その哀しみを原曲に託して綴った事から、世界中で歌われる様になったそうです。
反ユダヤ主義の根は深く、Fc.2プログでも「ユダヤ人は世界に災厄を齎す」などと言っている人達を幾人か見掛けました。
そんな人は、一度来世は子牛に産まれて、屠殺場に売られてゆく哀しみを、自身の身で味わってみてはどうか?と思います。
ユダヤ人も、ドイツ人も、日本人も、中国・韓国人も、命の値は等しく同じであります。
 
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#300[2014/06/05 01:58]     

おはようございます。
生きるためでも動物の命を奪うのは心が痛みますね。
人間というのはつくづく
業を背負った生き物だと思います。
#301[2014/06/05 08:16]  ネリム  URL  [Edit]

Re: y様 いつもご訪問いただきありがとうございます^^

家族で祖母が一番早く逝きました。4,5日寝込んで誰にも迷惑を掛けず楽に…
一番長生きしたはずの父が、一番長く苦しみました。半身不随になって…
悪気では無く、家族を養う為だった父ですら、そうだったのです。
知らなくとも目に見えぬ摂理は存在します…それが宗教で言う地獄ですかね。
人や生き物を苦しめれば、自分や、自分で無くとも愛する者が苦しみます。
まして、悪意から差別、苛め、殺生をやった人の末路は押して知るべしです。
ただでさえ罪人の我々です。他の者の生きる手助けをして然るべきでしょう。
他の者の不幸の上に自分の幸福を築いても、それは虚しい砂上の楼閣ですね。
#302[2014/06/05 11:43]  sado jo  URL  [Edit]

Re: n様 COありがとうございます^^

> 生きるためでも動物の命を奪うのは心が痛みますね。
> 人間というのはつくづく
> 業を背負った生き物だと思います。

人はその様にしか創られて無いから…だから業の深い罪人なんでしょうね。
でも、考え様では、一方で奪い、一方で与える事は良い修行になるのでは…
女性は子を産み、身で持って修行しますが、男の場合は自覚しないとねぇ~(笑)
#303[2014/06/05 11:54]  sado jo  URL  [Edit]

うーん…どなたもいろいろありますね…υ

動物と言えば子供の頃、近所のアレなオジサンが犬を絞めコロして埋めていたとの噂を聞いて震え上がった思い出があります。
直接は見ていないのに頭の中に映像がクッキリ…υ
ですから佐渡さんの状況では
かなりのトラウマかと…お察しします…はい…υ
#304[2014/06/07 18:16]  小奈鳩ユウ  URL  [Edit]

Re: 小奈鳩さん COありがとうございます^^

> 動物と言えば子供の頃、近所のアレなオジサンが犬を絞めコロして埋めていたとの噂を聞いて震え上がった思い出があります。
> 直接は見ていないのに頭の中に映像がクッキリ…υ
> ですから佐渡さんの状況では
> かなりのトラウマかと…お察しします…はい…υ

おっしゃる通り、子供の頃の体験はかなりのトラウマになってます。
父は強い子に育てようとして、感受性の強い弱い子に育ててしまった様です(笑)
命に対する思いは強く、小説ではどんどん人を死なせて、悲劇の構図を作りますが、
私生活では、虫をコロすのも気が引けます…殺虫剤をシュッ!と掛けて、
「今度は蚊やゴキブリではなく、もっとマシな生き物に産まれて来いよ」なんて…
#306[2014/06/07 21:03]  sado jo  URL  [Edit]














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