シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

「ニッポン」不思議な国の成立ち

(4)邪馬台国の没落

火の民

改革には常に反対勢力が付きものである。反対する者は改革によって損をしたり、得るモノが無い人々である。
我々は、古代の日本で起こった出来事と同様の構図を、幕末の日本に見い出す事が出来る。
剣を鍛え、日本を支配してきた武士にとって、ライフルや榴弾砲で装備した平民の軍隊は、武士の職と地位を奪うものでしか無い。
いかに改革に激しく抵抗したか…しかし、新撰組も白虎隊も、しょせんは散りゆくあだ花であった…だけにロマンがあって美しい。
徳川幕府を倒して出来たばかりの新政府も、氏族の反乱に悩まされ、武士の不満を糾合した身内の西郷隆盛までが反乱に及んだ。
♪越すに越されぬ~田原坂~…歌にもある「西南の役」を思う時、筆者は不思議な因縁を感ぜずにはいられない。
改革を進める邪馬台国に反旗を翻したのも、また熊襲(くまそ)族や隼人(はやと)族ら、九州南部に住まう民族だったからである。
日本書紀で不倶の朝敵とされる熊襲なる部族は、鹿児島の隼人族と同じ、日本に渡って来た南方ポリネシア系の民族だと思われる。
そう言われれば、九州男児の中には、ポリネシア系のエキゾチックな風貌をしたイケメン男子がいたりもする(笑)
漫画家の星野宣之氏は、日本に火山を信奉?する「火の民」なるものが存在していたと、その著書に表している。
この説は一理あると思う。カヌーで太平洋を往来した彼らは、水平線の彼方に見える火山の煙を目標にして、陸地を目指したと思うからだ。
九州は「桜島」「霧島」「阿蘇」「雲仙」など、有数の火山地帯である。彼らが火山を目指して、その周囲に住み着いたのも不思議ではない。
しかし、彼らの居住地域は山岳部であり、加えて火山地帯は、邪馬台国が推し進める稲作農業には不向きな土地柄である。
そして、ポリネシアンは基本的に男系文化(酋長=男子)であり、女子を首長とする邪馬台国に従わねばならぬ謂れが無い。
新しい渡来文化は彼らにとって不必要なばかりか、九州に勢力を拡大する邪馬台国は、敵対する存在ですらあったのだ。
しかも、同族である「狗奴国の一派」が邪馬台国に下った事によって、一層の危機感を募らせていたものと思われる。

渡来系の男王摂政と共に、邪馬台国を一大国家に押し上げた「卑弥呼」が没すると、男王は実質支配に乗り出したと思われる。
しかし、この目論見はまたしても諸部族の反発を喰らい、卑弥呼の存命中はしぶしぶ従っていた狗奴国も反旗を翻す。
慌てた男王は「卑弥呼」の後継者として、卑弥呼の親族であった壹與を国王に立て、何とかその場を取り繕ったのである。
もし、壹與に卑弥呼ほどの実力とカリスマ性があれば、邪馬台国はそのまま大過無く存続していたであろう。
だが、壹與は即位したのが13才とまだ歳も若く、凡庸な姫巫女だった。つまり、後ろで男王が糸を引いている事が見え見えだったのだ。
一旦は落ち着くかに見えた国内は、再び部族間の抗争が激化し始め、南からは機を窺っていた熊襲が邪馬台国に侵攻して来た。
かっての栄華は何処へやら…内部分裂を来たし、熊襲に攻め込まれた邪馬台国を捨てて、男王は一族郎党と共に日向に脱出する。
ここまで言えばお解りと思うが、史書の通りなら、この渡来系の男王こそが後の天皇の始祖に当る人物であろう…と筆者は睨んでいる。
もしそうなら、大和朝廷を設立した天皇は、魏の皇帝・曹家や司馬家に縁のある系統と言う事になり、三国志と日本が繋がる事になる。
奇しくも、邪馬台国と三国志は同じ時代、もし諸葛家に縁ある系統ならば天皇は孔明の末裔…?いや、これは夢の見すぎです(笑)
ともあれ、マリンを頼って一旦は日向に落ち着いたものの、邪馬台国を蹂躙した熊襲の勢力は、ジワジワと日向にも迫って来ていた。
地元出身の方に聞いた話では、同じ南九州なのに、宮崎と鹿児島は全然文化や気風が違うそうです。きっと古代からそうだったんでしょう。
かくして、熊襲(隼人)に追詰められた渡来系の男王一族は、マリンの支援を得て、東方に新しい天地を求めて旅立って行ったのです。

女王・卑弥呼と渡来系男王の下で繁栄した邪馬台国は滅び、北九州沿岸部を除いて、九州一帯は熊襲族(隼人族)の勢力圏となった。
そして、大陸との交流も途絶え、謎の四世紀と言われる時代に入る。熊襲は邪馬台国を支援した魏を敵とみなしていたからだ。
九州は男尊女卑の風習が色濃い事で知られるが、多分、長らく熊襲(隼人)文化の影響下にあったからだろうと思う。
ただ、この時代に日本で何が起きていたか?は、どんな史書にも記録が無い。故に日本史では謎の四世紀と言われるのである。
そして、邪馬台国が歴史の表舞台から消えて、150年以上経ってから、突如中国の史書に「倭の五王」の記述が現れる。
どうやら、邪馬台国とは比べものにならない小国ながら、日本の近畿地方に国家らしいものが誕生したらしい。
そうして、ヤマトと名乗るこの国家は、マリンの大船団を連ね、海を越えて九州に侵攻して来たのである。
それが何の為だったか?は記されて無いが、熊襲族(隼人族)に対して、執拗なまでの攻撃を繰り返した事が史書に記されている。
またヤマトは、熊襲(隼人)の捕虜や部族を、内地に強制移住させるなど、他の征服した民族(部族)には見られぬ苛烈な弾圧を行なった。
それが邪馬台国を蹂躙した者への復讐だったのかどうか?定かでは無いが、何か血生臭い因縁めいたものを感じるのは確かである。
ただ、彼らが山岳部族であった事が災いして、後々山に住む民が大和朝廷から謂れの無い迫害を受ける事になったのも事実である。
ちなみに、近畿一帯にある地名が、九州にある地名と酷似している事に気付かれた方もいらっしゃるだろうと思う。
これが、強制移住させられた熊襲(隼人)が故郷を懐かしんで付けたものか?入れ替りに九州に住み着いた大和人が名付けたものか?
今となっては不明である。ただ、筆者の故郷は古くは「舎人(とねり)村」と呼ばれていたと言う記録が残っている。
舎人とは、大和朝廷に仕える警護官の職名で、おそらく朝廷の行政官を補佐し、まつろわぬ民を監視していたと思われる。
九州に大宰府と言う鎮守府が置かれたのも、外敵に備えてと言うより、熊襲などまつろわぬ民を監視する為だったに違いない。
次回は「卑弥呼」「邪馬台国」などの名前や諸事の由来と、当時の中国と日本の関係について書いてみたいと思います。

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#451[2014/07/11 02:05]     

Re:y様 COありがとうございます^^

昔の九州男児はそんなイメージがありましたよね~

邪馬台国が三世紀半ばに忽然と消えたのは本当です。
歴史的な部分は、キチンと史実に基づいて書いてますよ。
何が起きたか?は推理(考察)ですね^^
#452[2014/07/11 13:02]  sado jo  URL  [Edit]

謎の4世紀ですか…

なんとなく中世暗黒時代を思い出しました
確か、400年ほど続いたとか(汗)
それも、科学ではなく教会の力が恐ろしく強かったとか

とはいえ、始まりがあれば終わりも必ずあるわけで
いつまでも同じ、ということはないと思います
#453[2014/07/11 20:28]  blackout  URL 

Re: COありがとうございます^^

> 謎の4世紀ですか…

日本の歴史解釈の中で一番ネックになってる時代です。

> なんとなく中世暗黒時代を思い出しました

何が起きていたか分からない?
と言うのは、ある意味恐怖でもあり、ロマンでもありますね(笑)

> とはいえ、始まりがあれば終わりも必ずあるわけで

「始まりがあるものには、必ず終りがある!ネオ」
映画「マトリックス」のエージェント・スミスの名言ですね^^
#455[2014/07/11 21:50]  sado jo  URL  [Edit]

いやー、とても面白かったです♪

天孫ニニギノミコトは日向の高千穂に降り立ってますものね。
男王のことを書いたのかも知れないですね
(^_^)
私の認識では、イヨになってから政治は持ち直した…と思っていたのですが…やはり、そういうことなのかも知れません…
♪イヨはまだ、13だ~から~w
#459[2014/07/12 21:03]  小奈鳩ユウ  URL  [Edit]

Re: COありがとうございます^^

>私の認識では、イヨになってから政治は持ち直した…と思っていたのですが…やはり、そういうことなのかも知れません…
>♪イヨはまだ、13だ~から~w

中国には、イヨ名義での朝貢が一回あった切りで、その後音信が途絶え、日本は謎の空白の四世紀に入ります。
まぁ、天武天皇から見れば、ニニギが熊襲に負けて尻尾を巻いて逃げたのでは、天皇家の面目丸つぶれです><
それで、いかにも仰々しく編纂したのだと思います。支配者のやりそうな手口ですね~(笑)
寧ろ、可哀想なのは熊襲の方で、日本史で悪役にされた上、後でかなり手酷い倍返しを喰らってますよ。
今も昔も権力闘争は怖いですね~(笑)
#460[2014/07/13 01:07]  sado jo  URL 














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