シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

「ニッポン」不思議な国の成立ち

(9)朝敵にされてしまった「熊襲」の悲劇

神獣鏡

あらかじめお断りして置くが、魏志倭人伝などの中国の史書に言う「國」とは、今日の国家の事では無い。
住民の住まう町や村と、周囲の田畑ををひっくるめて言う里…言わば古代ギリシャの都市国家の様なものである。
國(里)は王(首長)がおり、祭祀(宗教)の中心である姫神の神社を持つ、何処にも属さない自治体であった。
そんなバラバラな国の集まりである連合国を、安定的に維持するのは容易な事では無い。
そこで、ニニギは各国にとって共通の敵を作り出す事によって、国々の結束を図り倭国連合を維持しようとしたのである。
さすがに政治的な先進国、中国の武官らしい…水にナーバスな農民の心理を利用し、こう喧伝したのである。
「上流の熊襲(狗奴国)が勝手に川を堰き止めて、自分達の芋畑に水を引いた」
「何っ!それは本当か?許せん!」途端に倭国の百姓達はいきり立った。
小さなデマは、やがて大きな風評となり「(上流の)熊襲の奴らが攻めて来るらしい」になって行く。
邪馬台国に服属しない民と言われ、後に大和朝廷の不倶戴天の仇とされた熊襲の悲劇はこの時に始まる。
文化が違うとは言え、物資の交易などを通じて、隣接する倭国(邪馬台国)と狗奴国との交流はあったはずである。
しかし、倭の国々から兵を集めたニニギは、強引に狗奴国の領土に攻め込んだ。驚いたのは狗奴国の方である。
確かに芋を作る為に、少々畑に水を引いたかも知れない。だが、下流にある倭国の農民を脅かす程の量では無かったはずである。
完全な言い掛かりであった。たくさんの村が焼かれ、女子供が殺され、捕虜にされた者は奴隷として引き立てられて行った。
芋文化と米文化では、養える人口が違いすぎる。狗奴国の首長・狗古智卑狗彦(菊池彦)は手勢を率いて懸命に防戦したに違い無い。
しかし、しょせんは多勢に無勢。他の同族が救援に駆けつけた頃には、狗奴国の領土はすっかり倭国軍に蹂躙されていた。
焼き払われた村、横たわる遺体。狗古智卑狗彦は誓った「この復讐は何年掛かっても必ず遂げてやる」
一方、してやったりのニニギは、稲作に適する狗奴国の平地をいくつか占領しただけで、さっさと兵を引いた。
元々、狗奴国全体を討伐する気は無かったからだ。戦の火種は倭国を維持する為に残して置かなければならなかった。

さて、邪馬台国が熊襲(狗奴国)の討伐に至るまでに、少し時間を遡る事にしよう。
曲りなりにも卑弥呼の協力を得て倭国を平定したニニギは、沿岸の海人族を通じて、魏に卑弥呼名義の使者を送っている。
当時の中国は、三国志の諸葛孔明没後の蜀が弱体化し、曹操の孫・曹叡(明帝)率いる魏は、江南を制する呉と対峙していた。
ニニギは、すでにそんな情報は得ていたであろう。さすがに政治家だけあって変わり身の早い事である(笑)
邪馬台国の使者・難升米(ナシメ)は魏の明帝に謁見し、貢物を捧げた。明帝は驚くと共に大層喜んだに違い無い。
どう見ても、敵国であるはずの江南の風体をした者達が、自分に臣下の礼を取って来たのである。
呉の一部が我に寝返った?!…そう思っても不思議では無い。
「我甚哀汝今以汝爲親魏倭王假金印紫綬裝封付帶方太守假授 汝其綏撫種人勉爲孝順」(魏志倭人伝)
余は汝を大変慈しみ、今汝を親魏倭王とし金印と紫綬を装封して帯方郡太守に託し授ける。汝は倭人を綏撫し、我に孝順を尽くせ。
そして、卑弥呼に「親魏倭王」の称号と、100枚の銅鏡を…ナシメにも官位を与え、多分ニニギにもそれ相応の官位を授けただろう。
ちなみに「親魏倭王」と言う称号は、当時、インド北部を支配したクシャナ王朝(大月氏)と並ぶ最恵国待遇である。
いかに明帝が敵国人と思われるはずの倭国の帰順を喜んだかが窺い知れる。

そして、卑弥呼は魏帝から授かった銅鏡を、神具として巧みに使い、統治を確かなものにして行った。
子飼いの姫巫女達にそれを持たせ、各国に遣わし、衰退したり、没落した神社組織を立て直したのである。
こうして倭国のほとんどの神社を、邪馬台神社の支社とした。頭のいい卑弥呼ならではの実に上手いやり方である。
戦争(力)によって倭国を纏め様としたニニギ。人心を惹きつけて…宗教を持って倭国を纏めようとした卑弥呼。
人を統率するに当っての二人のやり方の違いは、現代の日本社会に良く現れている。
日本の企業(職場)で人に何かをやらせる場合、上に立つ者はどう言って人を動かすだろうか?
「〇〇をやってくれないか」 「△△をやって下さい」である。
一方、外国では「〇〇をやれ」 「△△をしろ」である。
「依頼」と「命令」これが大陸生まれのニニギと、縄文の慣習色濃い日本で育った卑弥呼の違いであった。
その考え方、やり方の違いから、後に二人の間には次第に深い確執が生じる様になる。
ニニギは狗奴国との戦争を始めたのに際して、魏にナシメを使者として遣わし、指示を仰いでいる。
どうせ「皇帝に忠義を尽くす為、夷敵を討ち、魏の領土を広げる戦いをしています」とか何とか言ったのだろう。
「遣塞曹掾史張政等因齎詔書黄幢拜假難升米爲檄告喩之」 魏帝は勅使・張政に魏の軍旗を持たせ、邪馬台国に遣わして激励した。
これは重大な事実である。中国は邪馬台国を官軍として認めたのだ、つまり、邪馬台国に歯向かう者は賊軍となる事を意味する。
従ってこの後、他の勢力が日本の支配者として、中国の承認を得る事は有り得ない。支配者は邪馬台系統で無ければならないのだ。
魏の勅使・張政は、そのまま卑弥呼=ニニギ政権の助言者として、20年の長きに渡り邪馬台国に滞在している。
これは、卑弥呼の時世が長かった事や、倭国の政治状況が安定していた事を表している。
魏志倭人伝に見られる邪馬台国(倭国)の風俗の多くは、この時の張政の見聞に基づいて書かれたものであろう。
 ~続く~

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2008年、鳥取県・青谷の上寺地から、かなり良く保存された弥生時代の村落の遺構が発見された。
その中に(多分無抵抗なまま)額に穴を開けられ惨殺された(身分の高いらしい)女性の頭蓋骨が見つかった。
頭蓋骨
この事から、当時戦に負けた里の巫女や首長は処刑されたり、生贄にされるのが習わしだったと思われる。
女子の皆さん。皆さんがこの巫女だったらどうしますか…?泣き叫ぶ?いや、泣き叫んでも殺されてしまうのでありますが…
吉野ヶ里遺跡の首の無い遺体も、或いは、そうした事実を物語っているのかも知れない。
しかし、指導者である(首長や)調停者の巫女を処刑すれば、無秩序状態となり、里の内外の人々の抗争はより激化するであろう。
混乱した倭国において、卑弥呼は神社を再建し、鏡を神器として巫女を一層神聖化し、秩序を回復して倭国の争乱を鎮めたのであろう。
卑弥呼の政策は、人々が平和を求めていた時代の要請に見事にマッチしていたのである。彼女の人気がいかに高かったか窺える。
 
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~ Comment ~


これも何かで読んだか、誰かに聞いたかハッキリしないですが(汗)

人心掌握の手段は、恐怖か親しみ(どちらかと言えば、オカルト)のどちらかしかないと言われてるようです

男が首長になった場合は、恐怖を煽ることしかないと思うので、この場合は、謀反を起こす輩が後を絶たないので、血で血を洗うような状勢になるんではと

逆に女が首長となった場合は、親しみ(オカルト)を使うと思うので、こういった謀反は起きにくいだろう、もっと言うと、その気力すら萎えさせるということで、平静が保たれるのかと思いますです
#497[2014/07/21 19:42]  blackout  URL 

Re: CO ありがとうございます^^

> 人心掌握の手段は、恐怖か親しみ(どちらかと言えば、オカルト)のどちらかしかないと言われてるようです
> 男が首長になった場合は、恐怖を煽ることしかないと思うので、この場合は、謀反を起こす輩が後を絶たないので、血で血を洗うような状勢になるんではと
> 逆に女が首長となった場合は、親しみ(オカルト)を使うと思うので、こういった謀反は起きにくいだろう、もっと言うと、その気力すら萎えさせるということで、平静が保たれるのかと思いますです

支配の構図は「男性=父性」「女性=母性」を基本にしてると思います。
従う男から見れば、父親はやがて邪魔な存在になりますが、母親はいつまでも邪魔にはならない(笑)
縄文の大姑制や、何処かの国の女王制は、平時なら安定した政権運営が出来ると思います。
野蛮な力がまかり通る乱世だと、やっぱり男の力による支配力がモノを言いますね~(笑)
#498[2014/07/21 22:09]  sado jo  URL 

骨ってみんな同じものを持っているのに
何故だか恐ろしく思えます。
額に穴があくなんて・・・・
その時の恐怖を思うと 通常の神経ではいられないです。

夢なのか?何度も草の生い茂る中につれていかれ
殺されるのを 経験しました。夢だと思いますが
あの恐怖は 忘れられません。もちろん実際は経験はないですがヾ(・_・;)

日本人は オブラートに包んだ ソフト な言い方をして
海外の方は ズバッと言ってくださいますね(;^-^)
ソフトなのでいいのですが、
意味違いにとってしまう事が 本当によくありますw

#499[2014/07/22 01:42]  yume-mi  URL  [Edit]

Re: y様 COありがとうございます^^

> 額に穴があくなんて・・・・
> その時の恐怖を思うと 通常の神経ではいられないです。
> 夢なのか?何度も草の生い茂る中につれていかれ
> 殺されるのを 経験しました。夢だと思いますが
> あの恐怖は 忘れられません。

ははは…前世は草むらに連れて行かれて処刑された巫女だったかも知れませんね(笑)
こんな話があります。昔、ヨーロッパの宣教師が未開部族の布教に行ったそうです。
ところが、戦争に勝った部族が、負けた部族の女子供をなぶり殺しにしていた。
宣教師が止めに入ると、酋長が「負けた者が殺されるのは当たり前だ」と言ったとか。
野蛮な様に思いますが、弥生人は自然の掟? に従って生きていたのかも知れません。
>
> 日本人は オブラートに包んだ ソフト な言い方をして
> 海外の方は ズバッと言ってくださいますね(;^-^)
> ソフトなのでいいのですが、
> 意味違いにとってしまう事が 本当によくありますw

よく諍いを避けて、曖昧に言った事が、却って諍いの元になったりしますね~^^
外人はYESかNOか。生きるか死ぬか。神か悪魔かの二元論で、日本人的な中間が無い。
してみると、外人だから二元的なコンピューターが作れた?日本人には無理です(笑)
#500[2014/07/22 13:10]  sado jo  URL 














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