シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

「ニッポン」不思議な国の成立ち

(16)大和王朝の初期の天皇は全て女性(姫神)だった

三女神

ここで神武天皇が婿入りした大国主の家庭の様子を覗いてみよう。少しばかり庶民的な家庭として描いてみます。
高床式の米蔵に収穫物を運び終えた神武天皇は、仕事を終え、汗を掻きながら妻の媛蹈鞴五十鈴媛命が待つ家に帰って来た。
大国主命 「おぉ、婿殿、ご苦労さん。まァ、先に風呂でも入って汗を流してくれや」
神武天皇 「ありがとうございます。お父さん。そいじゃ、遠慮無くお先に…」
婿殿はいつも一番に風呂に入れる。妻に背中を流してもらい、気持ち良く風呂から上がると、ご馳走が用意されていた。
席は常に上座である。お膳には鯛の尾頭付、精の着きそうな山海の珍味が盛られ、家族の中で一番上等な食事が用意されている。
大国主命 「まァ、一杯やってくれ。婿殿、今日はよう働いてくれた」
神武天皇 「はい、ありがとうございます。お父さん」
妻の媛蹈鞴五十鈴媛命姫が杓をしてくれる。入り婿である神武天皇は、いつも一番酒である。
大国主命 「遠慮無く食ってくれよ、婿殿。昼も夜もよう働いてもらわにゃァならんからのぅ」
妻の媛蹈鞴五十鈴媛命姫が顔を赤らめる。(貴方、露骨ですわよ)とばかり、姑の三穂津姫が大国主を肘で小突いて注意する。
貴重な労働力である入り婿の待遇は。まるでお客様待遇である。申し分は無い…しかし、神武天皇はふと考えてしまった。
神武天皇 (昼は馬車馬。夜は種馬。いったい俺の人生は何なんだろう?)
一番風呂に上座席、一番酒に鯛の尾頭付お膳…何でも男子を一番に立てて、大事にする日本の風習はこの頃からあったのでした。
婿入り婚がその好待遇を齎したとは言え、神武天皇の複雑な心境は、同じ男子として分からないでもありません(笑)
神武天皇ほど働き者の男子はモテモテで、数人の妻の家に通い、昨日はあの家の仕事、今日はこの家と、さぞ忙しかったでありましょう。
従って、生まれた子供の面倒を見る余裕は無く、子供の養育は、妻とお爺ちゃんとお婆ちゃんが行なっておりました。
そしてこの風習が、今日の独立心の薄い甘ったれの親掛かりや、引き篭もりの日本人を作る原因ともなってしまいました(笑)
それにしても、真面目で良く働く男子が尊ばれると言う日本の風習は、神代の昔からすでにあったんですね~(大笑)
もう一つ言えば、妻が財布を握る習慣が出来たのもこの頃です。男は外から入ったので当然と言えば当然ですが、なぜ未だに…?
しかしまァ、妻の父親が死ねば、それまでの労働の報酬として、妻の実家を受け継ぎ当主になれるのですから、悪くはありません。
ご覧の通り日本人の原型は、すでに神代の昔から出来上がっていました。そして、それは2000年経った今でも何ら変っていません。

<考えられうる歴史の流れ>
◎ 紀元前後:日本には博多の奴国「ヤマト古王朝」を中心に、各地の豪族が参集した連合政権が存在していた。
◎ 一世紀頃:九州から近畿に移った(分家した)祭祀一族が、姫神を主席とする「祭祀王朝=後の大和朝廷」を発足させた。
 ※ 倭人伝に言う「鬼道」は、縄文からの姫神の儀式…先祖・自然霊の降霊、予言、病気治癒等を指しているのは明らかである。
 ※ 祭祀の中心である姫神は、滅多に表に出る事は無く、斎場の管理や対外折衝は、全て親族の男子(天皇の原型)が行なっていた。
 ※ 倭人伝が「女王国」と言っている点に注目したい。この王朝は、代々女性が主席を勤めるしきたりがあった事を証明している。
 ※ 女性シャーマンをTOPに据えた祭祀王朝の形は、少なくとも五世紀近くまで続いたものと思われる。
◎ 二世紀初頭:博多の「ヤマト古王朝」が衰退し、各地の豪族が覇権争いを行った<魏志倭人伝に言う倭国の大乱>
◎ 二世紀後半:混乱を収拾する為、大和の「祭祀王朝」が、一旦日本の政権を預かる事になる<女王・卑弥呼の擁立>
 ※ 政治の中心は九州から大和に移り、以降、各地の豪族は大和に参集して政治を執り行う事になる。
◎ 三世紀初頭:魏の使者が大和を訪れるが、その王朝が後の大和王朝だとは気付かなかったらしい<魏志倭人伝の誤釈>
 ※ 倭人伝に示される倭国の南国的な風土は、邪馬台国では無く、使者が上陸した九州?或いは全体的な日本の様子だと思われる。
 ※ 倭人伝に記載される邪馬台国の規律の良さは、大和が聖地であり、王朝が祭祀を執り行う教団組織であったからである。
 ※ 本来は祭祀を執り行う宗教性の強い王朝が政治に関った事により、姫神の存在が薄れ、男権が次第に強まって行った。
◎ 三世紀後半:姫神・壹與の元で、日本は一応の安定期を迎えたが、中国は五胡の侵入などにより混乱期に入ってしまった。
 ※ 倭人伝に言う「再び男王を立てたが治まらず」は、卑弥呼亡き後、別の豪族が政権を引き継ぐが、他の豪族の反対で頓挫した。
 ※ この頃から大規模な古墳が作られるが、初期の古墳は崩御した姫神を祭ったものと思われる。宮内庁の発掘許可が待たれる。
◎ 四世紀初頭:中国は楽浪郡・帯方郡等の東方拠点を失い、日本と中国との連絡が途絶えてしまった。
 ※ 大和朝廷は中国との通商路(主に鉄の確保)を開く為、盛んに朝鮮半島に進出し、最終的に百済と盟約を結んだ。
 ※ 卑弥呼が日本の天皇に即位してから、終始一貫して大和王朝が政治の主宰者であった。従って、四世紀の空白期は存在しない。
 ※ こうして見ると、大和王朝は自ら政権の座に登ったのでは無く、豪族達の神頼み的推挙によって日本を預かる事になったらしい。

こうして、縄文時代より祭祀の主宰者であった姫神(シャーマン)の存在を軸に歴史を考察すると、自然な流れが出来上がる。
日本の祭祀の形である神社には、神主と巫女がいるが、古代は本来、巫女が祭祀を執り行い、神主が斎場を管理したと思われる。
しかし、神主である男子が政治の実権を握る様になって、男子が主宰する今の形になったのでは無いだろうか<男子天皇の成立>
およそ、女性が主体となる古代の母権社会を保ちながら近代社会に移行したと言うのは、世界に例が無く、日本だけであります。
多くは農耕社会に移行すると同時に、剥き出しの力がものを言う父権社会となり、時代が進むにつれてより大規模な殺戮が起こるのは20世紀までの歴史が証明しています。ところが日本社会においては大虐殺(ホロコースト)の痕跡がまったく無いのです。
これは数ある星系の中で、地球だけに生命が誕生したのと同じ位の奇跡に相当します。日本は稀有の国家だったのです。
どの様な偶然が積み重なって、この様な社会が形作られたのか?まだまだ研究する余地はあると思います。
と言うことで、書き残した事は多々ありますが、ひとまず第一部は終了したいと思います。

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邪馬台国を九州説~畿内説まで可能な限り考察してみました。ドラマとしては九州説の方がロマンがある様に思います。
歴史的には、畿内説の方が流れが矛盾しない様に思います。でも、なぜ天皇家は歴史の中で滅ぶこと無く存続出来たのか?
やはり信仰を基盤とした祭祀王朝の伝統と格式かな?と思います。それ故に、どんな支配勢力にも仰がれたのでしょうね。
第二部は、姫神信仰~天皇信仰まで、日本人の心に根付いている宗教を中心に、日本と日本人を考察をしてみたいと思います。
それにしても、良く働く日本男子の一カ月の残業時間が、平均60時間…2000年来変らぬ世界に類を見ない民族性は凄いものだと思います(笑)
 
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~ Comment ~


お婿さんがお嫁さんのお父さんに
薦められる今の時代では、どうぞお先にお父様が!って言うのに
なりそうですが、それは無かったのですね。

あ~やはり昼間しっかり働かれたからお婿さんも自分は1番だとは
思われてたのですかね。
でも数人の家に通われるなら・・・さよならしたいです(笑)
#553[2014/08/04 02:25]  yume-mi  URL  [Edit]

Re: y様 COありがとうございます^^

> あ~やはり昼間しっかり働かれたからお婿さんも自分は1番だとは
> 思われてたのですかね。
> でも数人の家に通われるなら・・・さよならしたいです(笑)

ははは…現代女性の考え方ですね~(笑)
一夫多妻の婿入り婚が当時の慣習だったのは「源氏物語」にある通りです。
若くて元気な男子は、さぞ貴重な家の労働力として大事にされた事でしょう。
「〇〇家」などと、家中心の日本の母系社会の考え方は現代も根付いています。
なので「婦人は慎み深く、嫉妬しない」と言う倭人伝の記録は真実だった様です。
#554[2014/08/04 14:32]  sado jo  URL 

>良く働く日本男子の一カ月の残業時間が、平均60時間

これに近いこと、20代のころ経験しましたw
しかも自分に向いていないことをやっていた時期でもありました(汗)

これまで生きてきた中で1番自暴自棄のころだったので、精神崩壊するまで、自分に向いていないことをやっていた、ということに気付きませんでした(汗)

今となってはネタでしかないですがw
#556[2014/08/04 22:16]  blackout  URL 

Re: CO ありがとうございます^^

> >良く働く日本男子の一カ月の残業時間が、平均60時間
> これに近いこと、20代のころ経験しましたw
> しかも自分に向いていないことをやっていた時期でもありました(汗)

考える間も無いくらい働いていた?…同じ様なモンです。
誰に教わった訳でも無いのに…それが民族の血と言うものなんでしょうね
未来の日本人も変らないと思います。まァ、日本があれば?…ですが(笑)
#558[2014/08/05 01:12]  sado jo  URL 

そうですねw

考えだすと、いけない妄想wが広がり続けるのと、それに比例して体が動かなくなるヤツだったのでw

あとは、自身に言いようのない空虚感を感じていたので、それを紛らわすため、というのもありました

去年やっとそのバランスが取れるようになりましたね
スタートラインに立てた感じです
#559[2014/08/05 22:54]  blackout  URL 














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