シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

「▼地球年代記 ~カルマ~」
地球年代記 ~カルマ~ 小説本編

地球年代記 ~カルマ~ 第3話 「ベスの恋の物語」 (1)

ベスの恋

<オリジナル/ファンタジー/恋愛/純文学>

 ベスが目を覚ました時、周りには誰もいなかった。
 いつもハンガーに掛かっているはずの大尉のコートも無かった。
(変だな?どこかに出掛けたのだろうか?でも、巡回に行く時はいつも私を連れて行くのに…)そうベスは思った。
 部屋の外は妙に騒がしかった。人の怒鳴り声が聞こえ、あちこちで銃声が鳴っていた。
 その内突然、近くで爆発音が響いて、ドアが破られ、猛烈な爆風が部屋の中を引っ掻き回した。
 ベスは入っていた檻ごと吹き飛ばされ、床に叩きつけられて、いやと言うほど体を打った。
 身体中が猛烈に痛かった…ベスはやっと立ち上がった。背中がズキズキ痛んだが、どうやら足は動かせるようだった。
 吹き飛ばされた拍子に檻の錠が壊れたらしく、扉が開いていたので、ベスはゆっくりと檻の外に出た
 部屋の外に出ると、ツ~ン!とした硝煙の臭いが鼻を突いた。どうやら外でいつもと違う何かが起っているらしい事が理解できた。
(何が起ったんだろう…私の大尉は何処にいるんだろうか?)
 広場まで歩いて行くと、ソ連兵に解放されたたくさんのユダヤ人たちが歓声を上げていた。
 そうして彼らは。広場の片隅に集められたドイツ兵の捕虜たちに向かって、罵声を浴びせながら石を投げつけていた。
 側には銃を構えたソ連兵が立っていたが、見て見ぬ振りをしている。見たところ捕虜の中に大尉の姿は無いようだった。
(大尉はどうなったんだろうか?何はともあれ、私の大尉を探さなくては…)
 ベスは広場を後にして、大尉を探すために歩き出した。
 広いアウシュビッツには、あちこちに銃を持ったソ連兵がいた。ベスは目立たないように慎重に建物の陰に隠れて歩いた。
 ところが、ガス室のある建物の角を曲がった所で、ベスは二人のソ連兵に出くわしてしまった。
 驚いたソ連兵は、銃を構えながらじりじりとベスに近寄って来た。
(しまった、撃たれる!)ベスはウゥ~ッ!と低い唸り声を上げて、身をこわばらしながら身構えた。
「なァ~んだ、犬コロか。脅かしやがって…しっ、しっ、邪魔だからあっちへ行け!」
 ベスは、あっさりソ連兵に追い払われた。どうやらソ連兵はベスを気にも掛けていない様子だった。

1944年7月23日 ポーランドの「アウシュビッツ・ユダヤ人強制収容所」はソ連軍によって解放された。

 ベスは広いアウシュビッツの中を大尉を探して歩き回ったが、どこにも大尉の気配は無く匂いも残っていなかった。
 駐車場も覗いてみたが、いつも大尉がベスを乗せて巡回に回っていたジープも置いて無かった。
(大尉は何処かに出掛けたのだろうか?でも、なぜ私を置いて…)ベスには何があったのか事情すら分からなかった。
(ともかく大尉を探さなければ…)ベスはアウシュビッツを後にして、オシフィエンチムの町に向かって歩き出した。
 町に行く途中で、ベスは向こうから歩いて来た大柄なラブラドール・レトリーバーに出会った。
 何とも体格のいい立派な牡で、ベスを見掛けるなり気に入ったらしく、早速ベスにプロポーズをして来た。
 しかし、ベスには恋などしてる暇は無かった。今はともかく居なくなった大尉を探さなければならないのだ。
 ベスは、しつこく付きまとうラブラドール・レトリーバーの牡を振り切って町の方に駆け出した。

 ベスは1942年9月、ドイツのドレスデンの町で軍用犬のブリーダーの家に産まれた。
 ようやく乳離れした頃、軍用犬にするために、耳と尻尾を切り落とす矯正手術を受けた。痛みの余りベスは死ぬかと思った*
 そして、すぐにドーベルマンの母親から引き離されて、陸軍の軍用犬保育所に入れられた。
 幼いベスは、まだ母親が恋しくて寂しかったが、同じ保育所に入れられた子犬たちとすぐに仲良しになった。
 活発なベスは、仲間と取っ組み合いをしてはよく男の子たちを泣かせるやんちゃな女の子だった。
 保育所で軍用犬としての保育を終えると、ベスは他の子犬たちと一緒に軍の軍用犬養成所に引き取られた。
 そこで出会ったのが、腕にナチス親衛隊のSS腕章を付けたハンス・ヨハンセン少尉だった。
「うん、こいつがいい」少尉は一目見てベスを気に入った。
「こいつは牝犬ですがね~」
「いや、構わんよ。毛艶もいいし、元気で活発そうだ」
 そう言って、ハンス・ヨハンセン少尉はベスを引き取った。
 それから、ベスは少尉に訓練を受けた。ユダヤ人の匂いを嗅ぎ分け、ユダヤ人に襲い掛かるように仕込まれた。
 訓練は厳しかったが、上手に任務をやり遂げると、いつもやさしく頭を撫でてくれて、好物のソーセージをくれた。
 ハンスはやさしかった。一緒に散歩したり、レコードを聴いたり、何をするにもベスはいつもハンスと一緒だった。
 その後、ハンスはどんどん出世して、立派なゲシュタポの大尉になり、「アウシュビッツユダヤ人強制収容所」に赴任した。
 そこでもベスはいつも大尉と一緒だった。他の仲間は犬小屋にいるのに、大尉のお気に入りだったベスは特別待遇だった。
 ただし、大尉の執務室には部下も居て、人も頻繁に出入りするので、放し飼いでは無く、普段は檻の中で大人しくしていた。
 大尉は収容所の見回りに出掛けたり、オシフィエンチムの町に行く時は、いつもベスをジープに乗せて連れて行ってくれた。
 ベスは大尉の為に、逃走を図った多くのユダヤ人を狩り出した。抵抗して来たユダヤ人の首筋に噛み付いて殺した事もあった。
 そんな時は「よ~し!よし…よくやったベス。お手柄だ」と大尉はうれしそうにベスをほめてくれた。
 人間の善悪は犬のベスには解ろうはずも無い。大尉が指図するユダヤ人を、本能の命ずるままに獲物だと信じていた。

 ~続く~

にほんブログ村 小説ブログへ

 
関連記事
スポンサーサイト
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼シムーン第二章 ~乙女達の祈り~
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼未来戦艦大和
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼ビーストハンター
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼地球年代記 ~カルマ~
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼まぼろし
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼やさしい刑事
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼幻影の艦隊
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼その他の小説
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼シムーン第二章 ~乙女達の祈り~
もくじ  3kaku_s_L.png ▼ゴジラ奇譚
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼未来戦艦大和
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼ビーストハンター
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼地球年代記 ~カルマ~
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼まぼろし
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼やさしい刑事
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼幻影の艦隊
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼その他の小説
もくじ  3kaku_s_L.png オリジナル詩集
もくじ  3kaku_s_L.png 随想/論文集
もくじ  3kaku_s_L.png 死とは何か?
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←地球年代記 ~カルマ~ 第3話 「ベスの恋の物語」 (2)    →刺された盲導犬
*Edit TB(0) | CO(4)

~ Comment ~


え?軍用犬は耳と尻尾を切り落とすのですか。
知らなかったです。


大尉を探し回った。
以前テレビで亡くなった、ご主人様がいつまでも迎えに来てくれると
何十年も駅に毎朝、雨の日も吹雪の日も
必ず待っている犬をみました。

記憶力も凄いのですね。
#649[2014/08/30 01:54]  yume-mi  URL  [Edit]

Re: y様 COありがとうございます^^

> え?軍用犬は耳と尻尾を切り落とすのですか。

ドーベルマンは幼い時に、あの形にする為に手術をします。
尻尾は急所なので、手術で命を落とす子犬もいるそうです。

> 大尉を探し回った。
> 以前テレビで亡くなった、ご主人様がいつまでも迎えに来てくれると
> 何十年も駅に毎朝、雨の日も吹雪の日も必ず待っている犬をみました。

犬はとても頭が良くて、辛抱強く、敵味方や状況を判断し、飼い主を慕います。
ただ、善悪の判断が出来ないのが悲しい…人間次第で「盲導犬」の悲劇になります。
#651[2014/08/30 12:36]  sado jo  URL 

わんわん一途!(´・ω・`)
人から見ればそれは「恋」にも思えるんだろう
人のことは人のこと
彼らの運命をべスが想像できないのはどうしようもない
#656[2014/08/31 21:11]  しまうさぎ  URL  [Edit]

Re: s様 COありがとうございます^^

> わんわん一途!(´・ω・`)
> 人から見ればそれは「恋」にも思えるんだろう
> 人のことは人のこと、彼らの運命をべスが想像できないのはどうしようもない

そうですね…犬の一途な性格(性質)は時として犬自身の悲劇になります。
元は野生だった動物を、自分の都合で飼い慣らした人間の責任は重いですよね。
童話では人は動物と話をするけど…現実には話が出来ないから辛いです。
でも、人の愛情だけは分かってるみたいですね~^^
#657[2014/08/31 21:40]  sado jo  URL 














管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←地球年代記 ~カルマ~ 第3話 「ベスの恋の物語」 (2)    →刺された盲導犬