シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

「▼地球年代記 ~カルマ~」
地球年代記 ~カルマ~ 小説本編

地球年代記 ~カルマ~ 第3話 「ベスの恋の物語」 (3)

十字架

「随分痩せちまってるね~…食って無いのかい?これで良かったら食べなよ」
 老婆はバスケットを開けて、配給された自分の食料であろう一切れのパンと、茹でたじゃが芋をベスに分けてくれた。
 ベスの口には合わなかったが、人から食べ物をもらうのはとても嬉しかった。ベスは久し振りに人のやさしさを感じた。
「まったくいやな世の中だよ…男共は好き勝手に戦争してるけど、弱いモンの身にもなってもらいたいもんだわさ」
「キュ~…クィ~ン…」ベスは頭をすりつけて老婆に甘えた。こんな気持ちになるのは一月振りだった。
「おや、おや、淋しかったのかい?でも、あたしも貧乏な上に足が悪いからね~…お前さんを飼ってやる事も出来ないんだよ」
 それから、老婆は杖に縋って痛む足をゆっくり伸ばしながら立ち上がった。
「こんなご時世じゃ、いつまで生きていられるか分かんないが、また食う物があったら持って来てやるよ」
 そう言って老婆は、やさしくベスの頭を撫でて、痛い足を引きずりながら帰って行った。

 北国のつかの間の夏はまたたく間に過ぎて、いつしか辺りには秋の気配が漂って来ていた。
 あれから老婆は足繁くやって来ては、自分に配給された食べ物をベスに分け与えてくれて、何やら話をして帰って行った。
 ベスには人間の言葉は分かるはずも無かったが、その表情と声に漂う音色から、老婆の深い心の悲しみは読み取れた。
 そんな日々を過ごしている内に、駅の周りに植えてあるイチョウの葉も落ちて、季節はいつしか冬になっていた。
 そして、いつの間にか老婆は、ぱったりとベスの所へ来なくなってしまった。
 きっと足の悪い老婆には、戦後の厳しすぎる生活は耐え切れなかったのだろう。
 またベスは独りぼっちになってしまった。

 降りしきる雪はオシフィエンチムの町を銀世界に変え、駅舎もベスの居る空き地もすっかり雪に覆われた。
 煌々と灯りのともる駅舎の中では、暖かいストーブが焚かれ、警備に付いているソ連兵たちの笑い声が聞こえた。
 ふと、ベスはドイツで大尉や他の仲間と、屋根の下で暖かいストーブを囲んで過ごしたクリスマスを思い出した。
 だが、今のベスには屋根も暖かいストーブも無かった。ただ空から降って来る冷たい雪があるだけだった。
 とうとう、クリスマスが近づく頃には、雪と寒風にさらされ、食べる物とて無いベスはすっかり痩せてしまった。
 黒光りしていた見事な毛並みも色褪せ、身体中の毛があちこち抜けて、すっかりみすぼらしくなった。
 あばら骨が浮き、足は針金の様に細くなって、雪の中をよろよろと歩くのがやっとの有様だった。
 それでもベスは、大尉は必ず帰って来ると信じて、寒い空き地の十字架の下で待ち続けた。
 北国の冬の寒さは、痩せ衰えたベスには堪えた。そうして、とうとうベスは立つ事すら出来なくなった。
 吹雪は容赦なく、駅の空き地の片隅に立つ十字架の下にうずくまる弱り切ったベスをなぶりつけた。

 オシフィエンチムの町に聖夜の鐘が鳴り響く夜、ベスは夢を見た。
 赤々と燃える暖かい暖炉のある大尉の部屋で、ベスはふかふかの絨毯の上に寝そべっていた。
 ワインを片手にした大尉は、椅子に座ってくつろぎながら、蓄音機から流れるワーグナーを聴いていた。
 そして、テーブルの皿に手を伸ばし、側で寝そべっているベスの口に、好物のソーセージを運んでくれる。
「よ~し、よし、いい子だベス。美味しいかい?」
 そう言いながら、ベスにやさしい眼差しを向けて頭を撫でてくれた。
「クゥ~ン…」
 大尉と二人っきりの心穏やかな夜…何て私は幸せなんだろう。ベスはそう思った。

 ようやく吹雪が止んだ翌日の寒い朝、空き地の片隅に立つ十字架の下で、ベスは冷たくなっていた。
「しょうがねぇ野良犬だなぁ~、こんな所でくたばりやがって…」
 オシフィエンチム駅の警備に付いていたソ連兵が、すでに硬直した彼女の足をつかんで、ゴミ焼却炉の中に投げ捨てた。

 軍用ドーベルマン犬「ベス」(牝)。生後2年と4カ月…人間で言えば、まだ少女の余りにも短い生涯だった。
 そして、ゴミと一緒に焼却炉で焼き捨てられた彼女には墓すら無かった…

第三話 「ベスの恋の物語」 (完)

この物語をSteven Allan Spielberg(スティーヴン・スピルバーグ)氏と、ガス室に消えた多くのユダヤ人に捧ぐ。

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※これは実際にあった歴史上の出来事に基づいて描かれた小説です。
物語の舞台は、解りやすい様に「アウシュビッツ強制収容所」になっていますが、実際は1944年7月、ソ連軍によって解放されたルブリン強制収容所(通称マイダネク)で起きた出来事を基にしています。
そのため、小説と史実との間に大幅な時差があります。

*本来のドーベルマンは耳が垂れて、尻尾も長い…未だに愛犬家?達はナチスの真似をして、ドーベルマンを矯正手術しています。
犬にとって尻尾は急所であり、死に至る危険性もあるのだが、愛犬家?達がそれを疑問に思わないのは不思議な事です。
 
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~ Comment ~


その女性は寂しい中でも誰かに優しくしたくなる。
自分が寂しいと誰かに優しくしたくなりますよね。

犬ってやはり人の気持をくみ取ることができるのですかね。
こんな風にわかりあえる者どうして食べる食事って
凄く豪華でなくても美味しいのですよね。

それはもう最高に味わって頂きます。
気持と一緒に食事の時間も共有できたのですものね。
#662[2014/09/03 02:55]  yume-mi  URL  [Edit]

Re: y様 COありがとうございます^^

> その女性は寂しい中でも誰かに優しくしたくなる。
> 自分が寂しいと誰かに優しくしたくなりますよね。
> 犬ってやはり人の気持をくみ取ることができるのですかね。
> こんな風にわかりあえる者どうして食べる食事って
> 凄く豪華でなくても美味しいのですよね。

「孤独は死に至る病」って誰の名言でしたでしょうか?
時間や物事を共有する幸せと言うのは、人間に限らず犬や猫も同じ。
ペットって、案外人間を別の生き物だとか思って無いのかも知れません。
親しい友人や、親やリーダー…そんな感覚で接して来てるのかも?
#664[2014/09/03 14:56]  sado jo  URL 

広い地球の、長い歴史の中で、戦争も内戦もない場所、時間に生きることが出来て、本当に幸せだと思います。

今、同じ時間の違う場所では戦禍に苦しんでいる人々がいるわけで、それは本当に心苦しい話ですが。

ベスの気持ちが痛いです。犬に罪はないよな……命令した人間が悪い。それでも、その人間も悪いばっかりの人ではなくて、殺した方も普通の人で、でもその罪を裁かなかったら殺された人の無念はどこへいくんだろう、とかいろいろ考えさせられました。

ドーベルマン、そうなんですね;; 勉強不足で知りませんでした;; それ動物虐待;;

肉食べてて言えるこっちゃないですが、やめてほしいですね。

スミマセン後の方になっちゃいましたが、リンクの件ありがとうございます。私の方からも張らせていただきます。

長コメ失礼いたしました。
#697[2014/09/10 09:37]  椿  URL 

Re: 椿様 COありがとうございます^^

> 今、同じ時間の違う場所では戦禍に苦しんでいる人々がいるわけで、それは本当に心苦しい話ですが。

40秒に一人の人間(多くは罪の無い民間人)が戦争(紛争)で亡くなるのが世界の現実です。

> ベスの気持ちが痛いです。犬に罪はないよな……命令した人間が悪い。それでも、その人間も悪いばっかりの人ではなくて、殺した方も普通の人で、でもその罪を裁かなかったら殺された人の無念はどこへいくんだろう、とかいろいろ考えさせられました。]

ベスにユダヤ人狩りを命じたナチス親衛隊の大尉は、本当はやさしい善人です
では、誰が悪いのか?…時代に飲み込まれ、NO!と言えなかった民衆全員が悪い。
人として、人であれ…人はどんな時代でも人間らしさを失ってはなりません。
ベスは人の心を忘れてしまった人々の犠牲になり、それでも人を慕った可哀想な犬です。

リンクありがとうございました^^こちらもリンクさせていただきました。
#700[2014/09/10 17:38]  sado jo  URL 

独ソ戦争は本当に今日の現代を別つ分岐点だったんでしょう。
ナチスはドイツ共産党を追いやりましたが、じっさいナチ党の再建手法は共産主義そのもの。過程はまったく違えど、ソ連もナチスドイツも目指す理想郷は同じだった気がします。まあ、そこに人欲やら絡んできたのでしょうし、じっさい不可侵条約結ばれていたにも拘らず、開戦に至った理由もヒトラーがいうように『イデオロギーの戦争』だったのでしょう。

ただの歴史として勉強すれば、ナチスもソ連もただの悪者(もちろん大日本帝國も)。
けれど史実を基にされた映画などをみるとまた違った視点が見えてくるんですよね。(実際、何が本当だったのかは死者に聞いてみるしかありませんが)

シュタウフェンベルク伯爵がヒトラー暗殺に成功していればまた違った未来になっていたのかもしれません。

こういうお話を見る度に皆が幸せで手を取り合える未来を想像してしまいます。

すぐそこまで来ている気がするのに遠いですね。

よいお話でした。
#1237[2014/12/31 20:18]  青井るい  URL 

Re: 青井様 COありがとうございます^^

ありがとうございます^^
自分は青井さんほど歴史の勉強はしてませんが、第二次大戦の意味は深いと思います。
東西の地域で、経済的に困窮した国が国民を統制管理する様になったのは必然だと思います。
ドイツと日本の国策を拡大解釈すると、地球の人口が現在の倍になり、食料やエネルギーが枯渇した未来世界に行き着きます。
大戦は、国益の為に大同団結した連合国側が勝利しましたが、現在はすでに破綻寸前です。
いつの日かアメリカは政策転換を迫られるはずです。エリート層(WASP)がどう動くか?
生き残る為に色で分けるのか?DNAの優劣で分けるのか?それとも資産保有で分けるのか?
第二次大戦で起きた様々な出来事は、未来への大きな教訓になるだろうと思います。
#1238[2014/12/31 21:45]  sado jo  URL 














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