シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

随想/論文集

駆逐艦「雪風」艦長:寺内正道中佐

雪風 (2)

真の英雄とは、どの様な人を言うのでしょうか?多かれ少なかれ、人は「英雄」にあこがれるものです。
「一将功成りて、万骨枯る」 名を成した一人の人物の陰には、犠牲となった名も無き数多の人間が存在している。
英雄と呼ばれる人間の本質を突いたこの格言は、古今東西の歴史の真実を見事に言い表したものと言えます。
では、英雄はいないのでしょうか?いいえ、本物の英雄は、決して歴史の表舞台には現れず、我々の目に触れないだけです。
その人は、武勲や名を上げる事よりも、人の命を守る事を最優先し、歴史の中に埋もれて行っただけなのです。

少年の頃「海軍オタク」だった自分は、多くの海戦史を読み、そんな人物達からたくさん生き方を教わりました。
その人達は、激戦の戦場にあっても預かった部下を一人も死なさずに、親や妻子の元に連れ帰る事を優先させました。
恥も外聞も無く、手柄も武勲も投げ捨てて…だから、出世する事も無く、歴史の表舞台にも浮いて来ませんでした。
しかし、彼らがいたお陰で今の我々に命が繋がったのです。そんな名も無い指揮官こそが、本物の英雄であったのです。
彼らは死ぬ事を前提とした「特攻」を忌み嫌いました。死ぬ為に戦争に行くのでは無い、戦って生きて帰る為に行くのだと…
天皇陛下の為に死ぬ事が美徳とされたあの時代に、そんな日本人がいたと言う事を、皆さんに知っていただきたく思います。

航空機 > 駆逐艦 > 潜水艦は、それぞれ自然界で言う捕食関係にあります。
駆逐艦に見つかった潜水艦は、袋のネズミであり、航空機に襲われた駆逐艦は、格好の餌食にされます。

海軍中佐「寺内正道」は、海軍兵学校では落ちこぼれの部類でした。だが成績は悪くとも、現場で腕を鍛え上げました。
駆逐艦「雪風」2033トン。この小さな船の艦長に任命された彼には、心に誓った決意がありました。
それは天皇陛下では無く、名も無い親や妻子から預かった239名の部下を、無事に家族の元へ連れて帰る事でした。

敗色色濃い1945年4月、戦艦「大和」以下10隻の艦隊に、沖縄に向けて特攻せよ!と言う無謀な「天一号作戦命令」が下ります。
この時期、寺内は病による体調不良に悩まされていました。それを理由に雪風を降りる事も出来たはずです。
しかし、彼は敢えて病を隠して艦の指揮を執ります。自分が守ってやらなければ誰が部下を守るのか?と言う強い信念からでした。
いよいよ出撃の日「特攻」と言う死を目前に控えた部下達は、互いに酒を酌み交わし、家族に宛てた遺書を書き、遺髪を添えます。
そして、討ち死に覚悟で「湊川」に出陣した「楠木正成」の故事に習い、雪風の煙突に菊水の紋を書き入れようとしました。
ところが、それを見た寺内はカンカンになって怒ったのです。
「お前達は、俺がお前達を死なす為に沖縄に連れて行くとでも思っているのか!」
そればかりではありません。部下達が遺髪を添えた遺書を家族に送ることすら許しませんでした。
自らの命に代えても、一人も死なさずに連れて帰る!特攻と言う最悪の状況にありながら、何と凄い信念でしょうか。

4月7日12時32分、佐世保を出撃した10隻の艦隊は、案の定、九州坊ノ岬沖で米機動部隊の艦載機の大軍に襲われました。
前述した様に、航空機は駆逐艦の天敵です。一度襲われたが最期、ただひたすら逃げ回るしかすべはありません。
この絶体絶命の窮地に際して、寺内の取った戦法は前代見聞のものでした。
彼は船の天辺にあるブリッジの天蓋を開け、上半身を乗り出して敵機の動きを目で追い掛けたのです。
しかし、そんな目立つ場所は、一番敵の弾の当たりやすい場所です。部下は止めましたが、彼は聞き入れませんでした。
そうして、敵機の動きを見ながら、操舵手(一説によれば航海手)の肩を足で蹴り上げました。
右肩を蹴れば右へ避けろ!左肩を蹴れば左へ避けろ!と言う指示を足で送ったのです。
轟音の鳴り響く戦場では、声はなかなか伝わり難い。一瞬の遅れが命取りになります「口で言うより足の方が早い」でした。
命令を受けた操舵手は、寺内の蹴りに従って、右に左に爆弾や魚雷を避け、雪風はひたすら敵機から逃げ回りました。
気が付いた時には、戦艦「大和」以下他の船が全滅した中で、雪風だけがほとんど無傷で生き残っていたのです。
そして雪風は、撃沈されて海に投げ出された戦艦「大和」などの生き残りの将兵を救助し、多くの命を救ったのでした。
死線をくぐり抜け、佐世保に帰港した寺内は、さすがに病を押した無理がたたって倒れ、そのまま病院に担ぎ込まれました。

1941年12月8日の真珠湾攻撃より、1945年4月の特攻作戦に至るまで、激戦を戦い抜いた雪風の戦死者はたったの9名でした。
これは驚くべき生存率です。それでも、寺内は一人の戦死者を出したのにも、断腸の思いがあった事でしょう。
100万の将兵を死なせて英雄になるのは簡単な事です。しかし、僅か239名の部下でも命を救うのは容易な事ではありません。
人の命は船より重い…自ら命を絶つ特攻を嫌い、部下の命を何よりも重んじた寺内は、戦後もかっての部下に慕われたそうです。
寺内正道中佐は、ただの一介の駆逐艦乗りでした。総理大臣でも無く、連合艦隊司令長官でも無く、将軍でもありません。
本物の英雄は、決して歴史の表には浮いて来ません。彼は出世や武勲より、何よりも人の命を重んじるからです。
しかし、この様な人物を英雄と言わずして、いったい誰を英雄と言うのでしょうか?


沖縄に特攻した「戦艦大和の最期」 ~61年目の真実~

続けて、東宝映画「真夏のオリオン」のモデルとなったイ-58潜水艦の艦長「橋本以行少佐」を語りたいと思います。

にほんブログ村 小説ブログへ

 
関連記事
スポンサーサイト
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼シムーン第二章 ~乙女達の祈り~
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼未来戦艦大和
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼ビーストハンター
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼地球年代記 ~カルマ~
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼まぼろし
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼やさしい刑事
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼幻影の艦隊
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼その他の小説
もくじ  3kaku_s_L.png オリジナル詩集
もくじ  3kaku_s_L.png 随想/論文集
もくじ  3kaku_s_L.png 死とは何か?
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←潜水艦「イ-58号」艦長:橋本以行少佐    →ビーストハンター 第2話 東京租界に死す (10)
*Edit TB(0) | CO(8)

~ Comment ~


管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
#1272[2015/01/05 00:37]     

Re: m様 COありがとうございます^^

こちらこそ、明けましておめでとうございます^^
私の場合は、父が戦場に赴きました。思えばよくぞ精〇を持って帰ってくれたと思います。
でなければ、危うく産まれ損ねる所でした(笑)…あ、歳がバレそう><
まァ、姥心で「転ばぬ先の杖」を差し出してるつもりですが、経験の無い人に伝わるかな?
#1273[2015/01/05 00:52]  sado jo  URL 

おはようございます。

真の英雄って言われてみればそうですね。
表だって有名な方に隠れて?
目立たない(目立つためにしているわけでもなく)本物の英雄がいらっしゃるんですね。
自らの命を使ってまでも多くの生存を望む・・・って聞くと、あのセ○○号の船長を思い出しました(>。<;)真逆でと言う意味でヾ(。>﹏<。)ノ゙✧*
#1274[2015/01/05 08:42]  yume-mi  URL  [Edit]

カッコいいですね。
こういう人が本当にカッコいいというのに大賛成です。
教えてくださってありがとうございます。
#1275[2015/01/05 10:45]  椿  URL 

Re: yume-mi様 COありがとうございます^^

> 真の英雄って言われてみればそうですね。 表だって有名な方に隠れて?
> 目立たない(目立つためにしているわけでもなく)本物の英雄がいらっしゃるんですね。
> 自らの命を使ってまでも多くの生存を望む・・・って聞くと、あのセ○○号の船長を思い出しました(>。<;)真逆でと言う意味でヾ(。>?<。)ノ゙?*

偉い人は真っ先に逃げるのが世の常(笑…事ではない)
大震災の時に、揺れが収まってから視察にやって来た某首相がいました。
「今頃ノコノコ来ても、何にもならんねんで!」とおばちゃんに怒られてました(笑)
逆に、危険な現場で、懸命に人々を救助した消防士や自衛隊の方々がいました。
真の英雄は、名も無い庶民の中にこそいます。偉い人の中にはいません。
#1276[2015/01/05 13:23]  sado jo  URL 

Re: 椿様 COありがとうございます^^

> カッコいいですね。
> こういう人が本当にカッコいいというのに大賛成です。
> 教えてくださってありがとうございます。

忘れ去られた男達。誰かを守る為に闘った男達…カッコいいですよね~^^
歴史の記述とは違って、本当の歴史はそう言う名も無い庶民が作ったんですね。
英雄さんは、ただその上に乗っかっただけです(笑)
#1277[2015/01/05 13:37]  sado jo  URL 

組織の方針よりも大事なものを見極め、それを貫く上司のもとで働きたいですよね。
会社の方針だからとか、国の方針だからとか、無理難題をおしつけるような上司は信用できません。
寺内さん最高です。
#1278[2015/01/05 22:37]  マウントエレファント  URL  [Edit]

Re: マウントエレファント様 COありがとうございます^^

> 組織の方針よりも大事なものを見極め、それを貫く上司のもとで働きたいですよね。
> 会社の方針だからとか、国の方針だからとか、無理難題をおしつけるような上司は信用できません。
> 寺内さん最高です。

従ってる様で、従ってない…部下の心をキチンと掴み、ちゃんと信念を持ってる。
出世はしないけど、頼り甲斐があって、安心して付いていける上司ですよね~^^
何と言ってもイザという時の逃げ方が上手い(笑)中間管理職の手本みたいな人です。
案外、日本はこんな上司がたくさんいたから、やって来れたのかも知れませんよ(笑)
#1279[2015/01/06 00:34]  sado jo  URL 














管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←潜水艦「イ-58号」艦長:橋本以行少佐    →ビーストハンター 第2話 東京租界に死す (10)