シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

随想/論文集

潜水艦「イ-58号」艦長:橋本以行少佐

イ-58

1945年7月30日、アメリカの重巡洋艦「インディアナポリス」(9800トン)がフィリッピン沖で1隻の潜水艦に撃沈された。
艦は、広島・長崎に投下する原爆をテニアン島に運んだ帰りであり、魚雷攻撃を加えたのは旧日本海軍のイ-58潜水艦でした。
言わば勲章に値する武勲ですが、イ-58の艦長「橋本以行少佐」にとっては、この事が、後に重たい心の棘ともなりました。

橋本以行(1931年、海軍兵学校 59期卒)は、決して英雄的な人間では無い、それどころか平凡極まる日本人でありました。
1941年12月8日、橋本はイ-24号の水雷長として、真珠湾に「特攻」する若い少尉を見送った。そして少尉は帰らぬ人となります。
人は死にゆく人を見送ると、心に棘が刺さる。そうして死の痛み、死の哀しみを知り、命の重さを知る。
敗色色濃い1945年、その彼が、またもやイ-58の艦長として、人間魚雷「回天」に乗る若い特攻兵を見送る立場に立たされます。
白地に日の丸の鉢巻、白の特攻服と言う、死に装束の若い特攻隊員が艦橋で橋本に聞いて来ました。

「艦長、南十字星はどれですか?」
「もう少ししたら、南東の空に美しく出て来るよ」
「最期に一目見たかったが、残念です。では行って参ります」
「成功を祈ります」そう言って橋本は、特攻隊員の手を握って送り出したのです。

終戦間際、連合艦隊のほとんどを失った旧日本海軍にとって、潜水艦は日本の最期の防衛線でした。
だが、イ-58号の艦長である橋本は、94名の部下にとって、自分が命の最期の防衛線である事を自覚していました。
そんな橋本以行少佐には、面白い逸話が伝えられています。
どんなピンチの時でも「お~い。メシにするぞ」と言って、出て来たメシを部下の前で悠々と食って見せたのです。
艦長があれだけ余裕があるんだから、俺達は大丈夫だ…絶対に死ぬ事は無い!
もちろん痩せ我慢でした。だが、自分がそうして見せる事で、部下達が安心する事を知っていたのです。

7月30日、神潮特別攻撃隊「多聞隊」を乗せ、パラオ沖に到着したイ-58潜の潜望鏡に黒い影が写った。敵の大型艦でした。

「行かせて下さい!」すでに頭に白鉢巻を巻き、特攻服に着替えた若い隊員が橋本に詰め寄ります。
「敵はまだ気付いていない。通常魚雷で充分だ…死に急ぐ事は無い!君達は…」
橋本は言ってはならない言葉を飲み込みます…生きてくれ。生き延びて親に孝行をしてやってくれ。
出撃をせがむ若い特攻隊員を前に、橋本は最期まで特攻命令を下さなかったのです。

イ-58潜の放った魚雷は、見事に敵艦に命中します。それを見届けると、橋本は直ちに潜航してその場から逃れました。
敵の駆逐艦に発見されたが最期、せっかく命を救った特攻隊員もろとも、イ-58潜水艦は海の藻屑となってしまうからです。

橋本が、自分が撃沈したインディアナポリスが、原爆を運んだ帰り道だった事を知ったのは、戦後まもなくの事でした。
自分がもう数日早く、インディアナポリスに遭遇して沈めていれば、25万人の日本人は死なずに済んだ。
もし、仮にそうであったとしても、原爆投下が2~3カ月遅れただけでしょう…しかし、橋本には悔やまれる事実でした。
そしてさらに、驚愕の事実が橋本を襲います。自分が撃沈したインディアナポリスの戦死者が953名にも達していたのです。
この数に橋本は愕然とします。もちろん、駆逐艦に追われて逃げるのが精一杯の潜水艦に、敵の乗員を救助する余裕は無い。
インディアナポリスの艦長、チャールズ・B・マクベイ三世は、回避行動を怠った罪で米国の軍事法廷で裁かれていました。
橋本は、マクベイ艦長が回避行動をしていなかった事を証言する様、米軍から要請され、ワシントンに召還されました。
自分の証言次第では彼は有罪となる。橋本は軍事法廷の席でこう言ったのです。
「確かに彼は通常航行だった。しかし、例え回避行動を取っていても魚雷を避ける事は出来なかっただろう」
橋本は敵の艦長を庇ったのです。しかし結果は有罪となり、遺族から責め立てられたマクベイは自殺に追い込まれました。
後に検証された結果、多数の犠牲者を出したのは米軍の救助が遅れた為だと分かり、誤審であった事が判明しました。
近年、マクベイ艦長の名誉はクリントン米大統領によって回復されました。しかし、時すでに遅かりしでした。
戦争は負けた側も勝った側も大きな傷を負います。それを知りながら同じ事を繰り返す人間は愚かとしか言い様がありません。

戦後、神職の資格を得た橋本は、京都・梅宮大社の宮司となり、戦没者の御霊に鎮魂の祈りを捧げながら余生を送ったそうです。
意に反して特攻隊員を死なせ、多くの敵兵を殺し、図らずも原爆の悲劇を防げなかった自分の半生は、一体何だったのだろうか?
後に橋本は、誰に聞かれてもあの手柄話をしなかったと言います。彼が潜望鏡から見た世界は命の悲劇に覆われていました。

前述した寺内正道中佐と言い、橋本以行少佐と言い、戦争の渦中にあっても、人の命を守ろうと努めた本物の英雄でした。
靖国神社に参拝して「国威高揚」に務めているどこぞの大臣は、この様な人達の墓に参ってその精神を学んだ方がよかろう。
口で言うのは簡単な事です。だが現実に死にゆく人を目の前にして、あなたに何が出来るだろうか?
真の英雄は人の命を大事にします。武勲や出世より人の命は重いからです。だから決して歴史の表面には浮いて来ません。

2009年に公開された「真夏のオリオン」(玉木宏・北川景子 主演)は、橋本以行少佐をモデルにした映画でした。
英雄とは何か?人の命とは何か?興味のある方は、ツタヤなどでDVDを借りて来てご覧下さい。


真夏のオリオン(池上司:原作「雷撃深度一九・五(文春文庫刊)」 予告編

にほんブログ村 小説ブログへ

 
関連記事
スポンサーサイト
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼シムーン第二章 ~乙女達の祈り~
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼未来戦艦大和
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼ビーストハンター
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼クロニクル ~カルマ~
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼まぼろし
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼やさしい刑事
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼幻影の艦隊
総もくじ 3kaku_s_L.png ▼その他の小説
もくじ  3kaku_s_L.png オリジナル詩集
もくじ  3kaku_s_L.png 随想/論文集
もくじ  3kaku_s_L.png 死とは何か?
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←イスラム過激派「仏社襲撃事件」は何の前触れ?    →駆逐艦「雪風」艦長:寺内正道中佐
*Edit TB(0) | CO(8)

~ Comment ~


こんにちは。

たとえその日が遅れるだけで、結果は同じだったかもしれないと
思っても 原爆の悲劇を思うと、

とてつもなく重いですね。25万人と言う数字も。
相手の敵兵の数も、亡くなられた特攻員の方。
想像を絶するほどの重さが、彼を押しつぶしたでしょうね。
英雄とはこういう方の事なんですね。

そう思うと、戦争などでとても多くの方が亡くなられて、
未来へのどれだけの命が絶たれたのかと、当たり前なのですが思ってしまいました。
#1280[2015/01/07 07:42]  yume-mi  URL  [Edit]

Re: yume-mi様 COありがとうございます^^

私の父も戦争に行き、どうも敵兵を殺したらしいですが、その事を余り語りませんでした。
殺すか!殺されるか!とは言え、相手の未来もその子孫も永久に絶つのが戦争の本質です。
本物の英雄は戦に勝った事を余り自慢しません。失われた多くの命を思うからでしょう。
本物の英雄は、同時に本物の人間なのだろう…と思います。
#1281[2015/01/07 08:49]  sado jo  URL 

自分の攻撃によって死んだ敵兵の命をも思う。
なかなか出来ないことのように思います。
戦争をして嬉しい人はいない。
当たり前のことを、忘れないようにしないといけないですね。
#1282[2015/01/07 11:55]  椿  URL 

Re: 椿様 COありがとうございます^^

> 自分の攻撃によって死んだ敵兵の命をも思う。
> なかなか出来ないことのように思います。
> 戦争をして嬉しい人はいない。
> 当たり前のことを、忘れないようにしないといけないですね。

例え戦争でも、人を殺すと後味が悪いそうですよ。
米軍機64機を撃墜し、零戦のエースと言われた「坂井三郎中尉」も
堕とした敵機に向かって「成仏しろよ」と念仏を唱えたそうです。

何事もホンネで臨み、歯に衣を着せぬ態度で、周りから嫌われたと言う
「坂井三郎中尉」の事は、機会があればいつかお話したいと思います。
#1283[2015/01/07 17:28]  sado jo  URL 

本当にその通りですね。
人命こそが第一で、それを何とも思わぬ人に、国民が幸せになれる国など創れるはずはない。
そのことを忘れてもらいたくないですね。
#1284[2015/01/07 21:23]  マウントエレファント  URL  [Edit]

Re: マウントエレファント様 COありがとうございます^^

> 本当にその通りですね。
> 人命こそが第一で、それを何とも思わぬ人に、国民が幸せになれる国など創れるはずはない。
> そのことを忘れてもらいたくないですね。

人の命は赤紙(徴兵令状)一つで奪っておいて、自分は悠々と大往生する。
…なんて理不尽な事が、数十年前の日本では堂々と行なわれていたんですね。
こんな政治家、ぶん殴ってやろうか!…と思いますよ。ホントに><
その尻拭いに駈けずり回った寺内中佐や、橋本少佐は、さぞ苦労された事だろうと思います。
本当にお疲れ様でした。あなた方の思いは無駄にはしません。安らかにお休み下さい。
#1285[2015/01/07 21:44]  sado jo  URL 

もっと早く「インディアナポリス」を沈められていたら、
原爆を運び込む前だったら、そんな風にやっぱり自分を責めてしまいますもんね。
同じ軍人の同僚が死ぬのも悲しいが、国民を守れないのも辛いものとよく聞きますし、
原爆ごと沈められていたら……、と責め続けたのでしょうね。
軍人は人の命を奪う可能性もある職ですが、人命を尊ぶ人こそ真の軍人な気がします。
#1286[2015/01/08 20:45]  ツバサ  URL 

Re: ツバサ様 COありがとうございます^^

運命の皮肉ですよね~…自分ではどうしようも無いんですが、つい考えてしまいます。
私の友人は、107人が死んだ「JR尼崎脱線事故」の電車に遅刻した為に乗らなかった。
なぜ、その日に限って遅刻して助かったのか?後でしきりに不思議がっていました。
原爆は小倉の八幡製鉄所に落とす予定だった。北九州が雲が厚く広島になったと聞きます。
運命って何なんでしょうね?
#1287[2015/01/08 21:12]  sado jo  URL 














管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←イスラム過激派「仏社襲撃事件」は何の前触れ?    →駆逐艦「雪風」艦長:寺内正道中佐