シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

アニメ /コミック

英霊の絶望 ~英雄と呼ばれる者の正体と実像~

アーチャー

<Fate/stay night UBW>
奈須きのこ氏の描くアーチャーのキャラクターほど、古今東西の英雄(指導者)の実像に迫ったものは無いでしょう。
彼の言葉を聞く度に、歴史上の様々な英雄…特に70数年前に実在したある人物の本当の姿を考えざるを得なくなります。
第一次大戦の敗戦後の焼け野原に立って、大勢の人々が路頭に迷い、苦しんでいるのを目の当たりにした彼は思いました。
この人達が泣かなくてよい世界を作りたい。この人達が誰一人辛く苦しい思いをしなくてもよい世界を作りたい。
それは純粋な青年の正義感であり、麗しい心から出た思いでした。その時の彼は人々の幸せを願う善い男だったのです。
自分が正義を実現してみせる!それは自分にしか出来ないだろう。他の者と違って自分は人々の為に我が身を捨てられる。
彼は青年らしい美しい正義感に駆られて、そう思い込みました…けれど、その思い込みがそもそもの間違いだったのです。
彼の訴えに応じて、人々は幸福を夢見て彼の元に集まりました。彼は自分を捨てて人々を幸せにする為に働き始めました。
しかし、彼はやがて多くの人々の幸せの為に、正義を実現する為に、それ以上の人間を殺さなければならなくなりました。
総統になった彼は、人々の幸せの為に多くのヨーロッパ人を殺し、600万のユダヤ人を殺さなければならなくなりました。
自らが信じる正義の為に、人々の幸せの為に、殺して殺して殺しまくりましたが、人々は幸せにはなれませんでした。
いつしか、彼の周りには醜い欲望に飢えた連中ばかりが集まる様になり、正義とはほど遠い甘い汁を吸う様になりました。
彼の信じた正義は地に堕ち、彼が幸せにしたかった人々は不幸になり、彼は世界中から極悪人と呼ばれる様になりました。
なぜだ?自分は自身の幸せを犠牲にして、ただ正義の為に、人々を幸せにする為に戦ったはずだ。なぜこんな事になった。
最期には、全ての理想を失い、希望を失い、たった一人の愛する女さえ幸せに出来なかった彼の末路は哀れでした。
きっと彼も少年時代の自分を殺して禍根を断とうとするのでしょう…「お前はヒトラーになってはいけなかった」と。
アーチャーだけで無く、多かれ少なかれ英雄とは哀れな存在であり、その純粋な自己犠牲が報われた試しはありません。
あのセイバーでさえ、イングランドの王になった事を悔やみ、人生をやり直したいと願って聖杯戦争に参加しているのです。

100万の人間を殺して英雄になった人物は、決して自分だけの欲望や野心から英雄になった訳ではありません。
そんな人物の元に人は集まりません。自分を犠牲にして人を救う…他人の幸せを願う人物だから人に慕われたのです。
しかし、その純粋で美しい自己犠牲の精神は、人々の醜い欲望に飲みこまれ、いつも悲惨な結末で終ってしまうのです。

共産政権崩壊後のロシアの混乱の中で苦しむ国民を見て、人々を救いたいと願って大統領になった男もいます。
しかし、自ら信じる正義を実現する為には、政敵を暗殺し、独裁政治をし、方々で戦争をしなければなりませんでした。
理不尽な支配に苦しみ、貧しさに飢える砂漠の民を救う為に、命を投げ打って聖戦士として立ち上がった人間もいます。
神の正義を信じて武器を取り、異教徒の首を斬り、爆弾を抱いて自爆し、現在なお多くの人間を殺しまくっています。
その英雄的行為は人々を救ったのでしょうか?結果、ロシアは一層貧しくなり、アラブは戦禍に焼かれているだけです。
自らを犠牲にしてまで信じた純粋な正義は悪の代名詞となり、幸せにしたかった人々は逆に不幸になって彼らを恨みます。
なぜなら、正義の志と正義の齎す結果は違うからだ!正義とは、数多くの命を犠牲にして成り立つ偽物にすぎないからだ!

汚名を着せられ、汚辱にまみれて亡霊となった多くのアーチャーは少年時代の自分にこう告げています。
「お前は英雄(指導者)になってはいけなかった」
「お前は神など信じて戦ってはいけなかった」
「お前の正義は、ただ多くの人々を無意味に殺しただけだ」
「お前の求める聖杯は人々の醜い欲望で作られている」
「お前の信じる純粋な正義など、無残に欲望と言う名の聖杯に飲み込まれるのだ」
「誰も万人の幸せを見る者は無く、誰も天国の門に至る者はいない」
「世界を救おうとするな!世界は永遠に救われはしない!」
アーチャーの絶望は、全ての英雄(指導者)の永遠に救われない嘆きでもあるのです。

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さて、ウラジミール・プーチンは、バラク・オバマは、手にした書類にサインして、何人の人間を殺したでしょうか?
今後、何人の人間を殺せば英雄になれるのでしょうか?ノーベル平和賞どころか、人としての価値すら無い人間です。
広島と長崎の25万人を殺せと書類にサインした(元KKK団)ハリー・トルーマン大統領の心境を聞いてみたくなりました。
英雄になる事は人の心を失う事であり、彼の通った道には屍しか残らない…嘆きと後悔だけの余りにも哀しい人生です。
 
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~ Comment ~


こんばんは。

誰かを幸せにすると言う事は誰かを
不幸にすると言う事だと
教えられたことがあります。

みなを幸せにするために、多くの人たちを殺し、自分を殺し
最期に何が残ったのか。。。

人は欲が見えだすと、そのうちむきだしになる場合が多いですね。
欲が人を狂わす。そんな人たちも実際見てきました(>。<;)

世界は、永遠に救われないとの言葉を吐きだす辛さ。
身をもって経験した結果からの嘆きの言葉なのですね。。。
#2075[2015/06/10 01:44]  yume-mi  URL  [Edit]

Re: yume-mi様 COありがとうございます^^

> みなを幸せにするために、多くの人たちを殺し、自分を殺し
> 最期に何が残ったのか。。。

不幸な人と恨みと絶望…そして、自分が殺した人の数と名前が残る。それが英雄です。

釈迦は、英雄になる道と、聖者になる道を予言されたそうです。彼は聖者の道を選んだ。
イエスは悪魔に、世界の富と権力をやると誘惑された。だがそれを拒否して、例え、磔になって死んででも聖人になる道を選びました。
偉大な人は正しい選択をしました。だから誰一人殺さず、大勢の人に崇められています。
仮に自分がどんな人生でも選べるなら、大統領になるより、マザー・テレサになりたい^^
#2076[2015/06/10 08:57]  sado jo  URL 

こんにちは^^

人を幸せにするために人を殺す。考えてみればそれ自体が矛盾してますね。
確かに今は忌むべき敵かもしれませんが
殺しはさらなる殺しを呼び、両者が完全にやめにしない限り終わらない。
そういえば戦時中、バレンタインデーを迎えて敵国にチョコを投げたら
それがきっかけで仲良くなり、殺し合いをやめたとの報告もありました。
しかし、それを聞いた上官は許さなかったようで再び殺し合いをさせたとか。
#2077[2015/06/10 10:36]  西條すみれ  URL 

Re: すみれ様 COありがとうございます^^

> 人を幸せにするために人を殺す。考えてみればそれ自体が矛盾してますね。

次元は違いますが、常識的に人を殺せば殺人犯として逮捕されますよね。
ところが、広島と長崎に原爆を投下して、25万人の罪無き人を殺したB-29の搭乗員は、英雄と讃えられて国家から勲章をもらいました。
未だにアメリカ人は彼らを「アメリカを救った英雄だ」と誇りにしています。
それが真実です…英雄とは何ですか?無残に死んだ人はどうなるんですか?
神から見れば、英雄とは呪われた者であり、この世にいてはならない存在です!
#2078[2015/06/10 13:47]  sado jo  URL 

「正しいということは、復讐をしてやった、ということだ」
「善悪は恣意的なもの。人の数だけ善悪が存在し、そして皆それを信じている」
「絶対的正義は存在しない」

いずれもどこかで見かけた言葉たちですが、自分も同じ考えです
#2079[2015/06/10 19:45]  blackout  URL 

本当に最初は皆純粋に人を幸せにしたかったのでしょうね。
ですが、思いだけではダメで、力だけでもダメで、
結局はどうする事も出来ずにそれをやろうとした人は死んでいきましたしね。
理想は大事ですがそれだけでは救えはしない、難しいところですね(><)
#2080[2015/06/10 20:03]  ツバサ  URL 

Re: blackout様 COありがとうございます^^

> 「正しいということは、復讐をしてやった、ということだ」
> 「善悪は恣意的なもの。人の数だけ善悪が存在し、そして皆それを信じている」
> 「絶対的正義は存在しない」

同感です^^…人それぞれの正義があり、人それぞれに考えも欲望も違います。
それを統一しようとするから、英雄(指導者)は多くの人を殺さなければならなくなる。
正義を…万人の幸福を実現しようとするから、手が血にまみれ、人を不幸にするんです。
挙句の果てに憎まれて、正義も理想も地に堕ちる。英雄(指導者)とは悲しいものです。
#2081[2015/06/10 20:05]  sado jo  URL 

Re: ツバサ様 COありがとうございます^^

> 本当に最初は皆純粋に人を幸せにしたかったのでしょうね。
> ですが、思いだけではダメで、力だけでもダメで、
> 結局はどうする事も出来ずにそれをやろうとした人は死んでいきましたしね。

シーザーも、ナポレオンも、ヒトラーも、皆、最初は人の幸せを願ういい人でした。
だからあれだけの人々が周りに集まったのです。でも、その最期は全員が不幸でした。
なぜ、そうなってしまったのか?人の世は不条理であり、英雄は余りにも哀れです。
人を救おうとする尊い志は、いつか刃となって己を刺します。それが悲しい真実です。
#2082[2015/06/10 20:22]  sado jo  URL 

自分の国のために罪もない他国の人を敵として殺して、それで英雄だなんておかしな話です。
信長なんかも地獄にいるんでしょうね。
#2083[2015/06/10 21:22]  マウントエレファント  URL  [Edit]

Re: マウントエレファント様 COありがとうございます^^

> 自分の国のために罪もない他国の人を敵として殺して、それで英雄だなんておかしな話です。

日本の指導者は日本人の幸せを願い、中国の指導者も、韓国の指導者も国民の幸せを願う。
ところがそれを実現しようとすれば、他の国の人々が不幸になる…そこが大きな矛盾です。
70年前の日本を見ても分かる通り「人を不幸にした上に、自分の幸福は築けない」のです。
指導者達は肝に命じなければならない。でなければ、全部の人を不幸にしてしまいます。
#2084[2015/06/10 21:51]  sado jo  URL 

こんばんわ
人を殺しても幸せにはなれないなと思いました。
#2089[2015/06/13 17:10]  ネリム  URL  [Edit]

Re: ネリム様 COありがとうございます^^

> 人を殺しても幸せにはなれないなと思いました。

「人を不幸にした上に自分の幸福は築けない」
何度、同じあやまちを繰り返せば済むんでしょうかねぇ?
英雄(指導者)の学習能力の無さには呆れかえります(笑)
#2090[2015/06/13 21:19]  sado jo  URL 

読ませて頂きました。
銀英伝の一コマですが、自由惑星同盟軍で「エル・ファシルの英雄」と呼ばれたヤン・ウェンリーは、英雄についてこう述べています。(以下要約)
「英雄とは大量殺人者の事を言う。」
「一人を殺せば殺人犯だが1000万人を殺せば英雄と呼ばれる。」

ヤン・ウェンリーは、エル・ファシルという惑星から、300万人の民間人を救い出して、軍部から英雄として取り上げられました。
「指揮官が敵前逃亡を図ったと言う軍の失態を覆い隠す為」に、です。
彼は根っからのさぼり屋で、「非常勤参謀」「ごくつぶしのヤン」というあだ名もあります。それだけぐうたらなダメな大人と言えます。しかし彼には奇計奇策を編み出す才能があった。それも稀代の才能が。
その稀代の奇策の天才は、150年戦争を続けて来た銀河帝国との戦いに身を投じ、同じく稀代の天才、銀河帝国の後の皇帝、ラインハルト・フォン・ローエングラムと幾度となく戦い、時に味方だった者達のクーデターと戦い、敵を2000万人殺し、味方を1000万人殺し、最後にはオカルト的宗教による襲撃によって暗殺されると言う最期を遂げました。
彼の属した勢力、イゼルローン軍には彼の影が必要でした。そこで彼らはヤンを祀り上げた。
『不敗の英雄』『民主共和制の守護者』として。
彼は確かに民間人は一人たりとも殺してはいませんが、軍人という目線で言えば、彼は大量虐殺者でした。彼はそれを自覚し、英雄視されるのを嫌いました。
英雄とは大業を成し遂げつつも非業の死を遂げた者。と論ずる人もいますが、それは正しいと思います。
ヤン自身は英雄と祀り上げられましたが、不敗の英雄という事は勝ちもしませんでした。
対して常勝を誇っていたラインハルトはどうでしょう?彼は英雄としてではなく、偉大な皇帝として帝国の人々の畏敬を集めました。彼も若くして病に斃れながらも英雄視はされていませんでした。
Fateの英霊たちにも、セイバー、アーチャーの他にもそうしたエピソードで溢れている事は恐らくご存知だと思います。
例えばランサー、クー・フーリンは、自分の国を守る為に7年間も孤独にゲリラ戦を繰り広げ、その最後に討ち取られました。救国の英雄の最たるものです。
ライダー、メデューサは神代に於いてその美貌を誇りましたが、女神ヘラに嫉妬されたが為に、その顔を見た者を石へと変える呪いをかけられてしまいました。知りうる限りでは悲劇の女神の最たるエピソードだと思います。
ヘラクレスは、その名がヘラの栄光と言う意味ですが、それはヘラによって仕組まれたものであり、その最後もヘラからの嫉妬によるものでした。
英雄と言うのは本当にろくでもない存在だと言う証明でもあるでしょう。

人の不幸の上に自らの幸せを望むなど全く以て手段が違うと思います。まして全ての人を幸せにすることは不可能なのですから尚更です。筆者の意見にも9割9分賛同します。
仮に不満があるとすれば、筆者さんの返信コメントの一つを見て思ったのですが、例えそれがどんなに間違っていようとも英雄たちに学習能力の欠如を指摘し、嘲笑する権利はないと考えます。
彼らはそれが正しいと信じたこそ実行したのであり、それによって生じた善悪は結果やその後への影響にこそ論ずるべきであり、英雄(指導者)そのものに帰されるべきではないからです。間違っていると分かるならなぜ止めないのか、止めようとしない周囲にも全なりあくなりが帰される場合も大いにあるのですから、英雄(指導者)一人をあざ笑うのは筋が違うと思います。
まぁこの不満については、小生の独り言と思って、流して頂いて構いません。人にはそれぞれの考え方もありますから。
#2849[2015/10/16 09:58]  フリードリヒ  URL 

Re: フリードリヒ様COありがとうございます^^

長い論文をありがとうございました。
多分、おっしゃる事は「田中芳樹さん」と「奈須きのこさん」と言う二人の作家の視点の違いだろうと思いますよ。
田中さんは、組織を嫌いながら組織と言う物が無いと、何も為せないと言う事をご存知だった。組織の中を徘徊する功利的な人々に喰われる事を承知の上で政治家になられた。それを身を犠牲にして人に尽くす英雄的行為と言うならそうです。
奈須さんは死者にものを言わせてます…敗れた者、願望を果たせなかった英雄の霊が、願いを叶える聖杯を巡って争うと言う話です。なので、まったく英雄を論じる土俵が違います。
田中風に言うなら、ヒトラーとスターリンは同じ様に大量殺戮をし、扱われ方が違うのはなぜか?勝者か、敗者かの差ですね。
現世では、勝者が歴史を作る…ならば、英雄は最期まで勝ち続けねばならない。その結果、何百万人を殺すことになっても(笑)
奈須風に言うなら、それは人々を救う道を志した英雄のパラドクスでは無いか?と言う事になる訳ですね。そこを突いている。
まァ、おっしゃる通り、矛盾は英雄のせいでは無く、人間個々のエゴにあります。その人間のエゴを集約したものを「大義」とか「正義」と言います。だからこの世には無数の大義があり、無数の正義が存在する事になる訳です。時代によってもそれぞれ異なる。そうしてそれを掲げた英雄を中心に、人々は延々と争い続ける。と言うのがこの世に生きる人間のサガです。
あ、お名前から察するに「ゲルマン」がお好きな様で、現代物では無く、ゲルマンの古典文学や詩を読んでみるといいと思います。
ゲルマン文学はいいですよ~^^ 彼らは先祖の霊と暮らしてます…戦場に赴く英雄に先祖の霊が告げる「お前は死ぬ」。英雄は言う「それでも自分は人々の為に行かねばならん」。そして英雄は戦場で死ぬ。英雄とは哀しい存在ですね。
ゲルマン人は死を知って、結果を知っていて戦った。例え自分の行為が無駄であっても…どこか、日本人とよく似た人間的な部分があります。最近のアニメの魔法物はゲルマンが起源です。そんな彼らの精神に触れてみるのもいいと思います^^
#2853[2015/10/16 17:37]  sado jo  URL 














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