シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

死とは何か?

リトル・ブッダ ~彼女は如何にして解脱に至ったか~

ジュリアナ02

人は自分が何者なのか?何処から来たのか?を知れば、何処に至るのかが理解出来て、悩み苦しむ事もなくなります。
解脱は、自分は何なのかを覚知し、自分のやって来た場所を知り、涅槃を経て到達すべき場所に至る道筋を示します。
万人に与えられる死と言う現象は、その為に用意されており、人は誰もが平等に悟りを得てブッダと同じ境涯になれるのです。
解脱はさほど難しいものではありません。頭の良し悪しに関係なく、知識も要らず、年齢や地位に関係なく誰でもが悟れます。

「病院でなく天国へ」 5歳の少女が選んだ最期 (CNNニュースのリンク)

前記した様に、死に至る神経の病に侵されたジュリアナちゃんが、解脱するに至ったお話をしたいと思います。
まず最初に、激しい痛みや苦痛に苛まれていたジュリアナちゃんは、肉身の細胞が発する己我に囚われている状態にありました。
それが、母親や周りの人の懸命の看病によって小康状態を取り戻した時、彼女の小さな頭の中に何らかの変化が起きたはずです。
地獄の苦痛から平穏…このギャップの大きさが人を解脱へと導きやすいのです。修行僧が荒行・苦行を行う理由はそこにあります。
まるで別人になった様な変化…己我(煩悩)に囚われてる間は見えなかった別の自分が見える。それはさっきまでの自分とは違う。
実に、苦痛や快楽などは、肉身の中の小さな欠片の希求であり、自分自身ではなかった…それならば、本当の自分とは何なのか?
彼女は小さな頭を働かせて、自分と自分の置かれた状態や、側にいる母親や周りの人々、ほんの僅かばかりの世界を観察します。
そして、自分の肉身を含めた周囲の全てが、自分の生を支えている事に気付きます。自分は生きているのではなく生かされている。
自分の肉片や、母親や周りの人々、空気や水さえも、ありとあらゆるものが愛おしくて、感謝の念が堰を切った様に溢れ出します。
膨大な慈悲が彼女を満たした時、全ての時は止まります…と言うより、元々が物質でない命には時などはなく、空間もないのです。
彼女は完全安定状態に至ったのです。もはやジュリアナ・スノーと言う後天的な名ではありません。解脱した「ブッダ」なのです。
完全安定静止の彼女から観た世界は、全てが高速度映像の如く矢の様な速さで通り過ぎて行き、何一つ形を留めないものでしょう。
そこでは、たくさんの小さな者が因によって生じ、縁に触れて流転し、果によって絶え間なく生成滅々して奈落の底に消えてゆきます。
一瞬の間に花は咲いて散り、人は生まれては阿鼻叫喚を発して消え、星は輝いては爆発して塵になる…因果・縁起の世界を観ます。
さらに、彼女は解脱を願って穢土に生まれ、穢土であるが故に病を得、病が故に悟りを得てブッダとなった自身の縁起も知ります。
長々と書いたこれらの事は、時間の概念に縛られている者には到底想像も及ばない一瞬の内に起こります。そこに時はないのです。
自身も含め世界の成り立ちと起承転結の全てを悟り、完全安定状態に至った彼女は、もう以前の彼女ではなく、大いなる存在です。
肉の身は滅ぶべき小さな己我の集まりだが、彼女自身はそうではない。苦痛は苦痛ではなく、死は人が考える死ではなくなります。

「ジュリアナはいつも忙しく頭を働かせていた。私たちを果てのない美しい場所へ連れていってくれた。私たちが一番生き生きと、
すてきな自分でいられるように力づけてくれました」


私とあなたを生かしているものは同じもの。同じであるからには、私とあなたは同じ存在。あなたの喜びは私の喜び。あなたの苦しみは私の苦しみ。あなたは己我に囚われて、あれとこれを分け隔てているが、あれとこれは同じ存在。あなたはただそれに気付いていないだけ…己我を解き放ったジュリアナちゃんに、この世の境界線はなく、生も死もありません。あるのは広大な慈悲だけでした。
ジュリアナちゃんを看病していた母親の記述から推測出来るのは、彼女が大いなる慈悲を持って周りの人々に接していた事実です。
ならば「ジュリアナさんは非凡な女の子だった」と言う主治医?の言葉もうなづけます…彼女は解脱したブッダだったのですから。

さて、いよいよ次回はジュリアナちゃんは何になったのか?…と言うよりブッダの正体(本質)に迫ってみたいと思います。
到底言葉で表せるものではなく、理論でブッダは語れません。慎重に誤らぬ様書き進めますので、掲載が遅れますが悪しからず(陳謝)

~続く~


難病に侵されたジュリアナ・スノーちゃん (CNNニュース)
驚くのは手足も動かず、飲食不能で、呼吸も困難な状態にありながら、目にはっきりした意志と深い慈悲の光が宿ってる事です。

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<人は誰でも悟りの境地に至る>
人は不完全な存在と言いますが、それは肉身の己我を通して見るからそう見えるだけで、実は人に欠けてるものは何もありません。
人は内に大いなるものを宿した全き存在であり、故に、そこにジュリアナちゃんの言うキリストは存在し、天国も存在いたします。
要は解脱するか、しないかだけの差であり、そこに頭の良し悪し、年齢や経験、地位や貧富の差などはまったく介在いたしません。
感性一つあれば、上記した修行僧の様な苦行・荒行をしなくとも悟れますし、勿論、男女の性別も関係なく解脱の境涯に至ります。
よく文化・芸能ニュースなどで、何かに打ち込んで精一杯生きて来た方が、死にゆくに当たって、自分を支えてくれた全ての人々や、
あらゆるものに感謝しながら安らかに逝った…と言う話を目にします。実は、この方は死の直前で悟りの境地に達していたのです。
多分この方は、この世で大勢人々に恩恵を齎して来た人であり、何かの芸を通じて一心不乱に感性を磨いて来た人だと思われます。
死に臨んでその果実が実ったのであり、解脱が早いか遅いかに関係なく、釈迦と同じ境地に達し、死を恐れず涅槃を現じたのです。
 
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~ Comment ~


やはり感謝は自分がそう感じて初めて出てくるものですね。
私は自分にとって有り難くないことに限って「感謝しなよ」と押し付けられるので
しばらくその在り方に疑問を抱いていましたが
それでも素直に感謝できることは別にあるので自分の素直な感性に任せることにしました。
まあ、心がぐちゃぐちゃになった今だからこそ思うことはあるのでそういう意味では感謝かな。
#4492[2016/07/07 11:00]  西條すみれ  URL 

Re: すみれ様COありがとうございます^^

> やはり感謝は自分がそう感じて初めて出てくるものですね。

そうですね…自分は生きているのではなく、支えられて生かされている。
この感謝の感性を持つ事が解脱への第一歩です…本当に優れた人物は皆腰が低い。
してやっているのではなく、させていただいている…と思ってるからなんです。
そんな人は、仕事自体は鬼の様に厳しいが、とても人を気遣い、労わってます。
映画の世界にいた時に、そんな有名な監督さんや俳優さんを見ましたよ^^
#4493[2016/07/07 13:44]  sado jo  URL 

環境や年齢に関わらず、
境地に至るのは本人次第なので、
この子は早くして理解してそこに至ったのでしょうね^^
#4494[2016/07/07 19:03]  ツバサ  URL 

Re: ツバサ様COありがとうございます^^

> 環境や年齢に関わらず、境地に至るのは本人次第なので、
> この子は早くして理解してそこに至ったのでしょうね^^

そうですね…病で身動き出来ない自分を、一生懸命看病してくれる周りの人々への感謝の思いが、彼女を解脱に導いたのだろうと思います。
何かしてあげなきゃ…と言う気持ちが病を忘れさせて、動けなくとも人に奉仕する慈悲の心が生まれた…まさに仏様です。ジュリアナちゃんは、最期まで周りの人に優しかったそうですよ。
#4495[2016/07/07 19:23]  sado jo  URL 

この歳にして

私もこの記事を読み感動しました。
別れの時、日本人ならウソでも私たちも一緒に天国に
行くから安心しなさいと言ってしまうのでしょうが、
欧米人はウソを嫌うのでいつか天国に行くから待ってて、
と言ったのでしょうね。
Juliannaちゃん、この歳で既にして確かに解脱している!
#4496[2016/07/08 08:33]  エリアンダー  URL 

Re: エリアンダー様COありがとうございます^^

> 私もこの記事を読み感動しました。
> Juliannaちゃん、この歳で既にして確かに解脱している!

悟りの境地…と言うものを仏典から分析しますと、完全なる命の一体感になります。
世界の全ては命で出来ていて、我と彼は同一で、目に見える物は形は違えども全て命。
全て同一の存在だから競争(争い)はなく、起きている現象は命の変化だから生と死はない。
自分はあらゆる命に支えられて生かされている…だから周りの全てが愛おしく、唯感謝する。
「色即是空」物事の変化に煩わされない絶対安定の境地。悩みも、不安も、恐怖もない幸福感。
理論で言うとそうなりますが、現実にそれを体感出来るかと言うと、まったく困難な事です。
ジュリアナちゃんは、死の病と穢れなき感性と言う条件が重なって解脱したのか?すごいです。
#4497[2016/07/08 15:10]  sado jo  URL 

こんにちは~♪
私は無信仰なので解脱という思考そのものが理解できません。
死はどんな形であれ最後は生命が尽きるだけで何も残さないだけのことだと思います。
あとづけならどんなふうにでも理屈をつけられるでしょうが、所詮は大人が勝手に理屈をつけただけのことだと思います。
ブッダもキリストも、ムハンマドも所詮は人間が考え出したことに過ぎません。
人類が地上に姿を現す以前に存在はしていませんからね(笑)
#4498[2016/07/08 17:16]  まり姫  URL  [Edit]

Re: まり姫様COありがとうございます^^

> 私は無信仰なので解脱という思考そのものが理解できません。
> ブッダもキリストも、ムハンマドも所詮は人間が考え出したことに過ぎません。
> 人類が地上に姿を現す以前に存在はしていませんからね(笑)

自分は解脱(悟り)の概念を宗教的なものだとは考えていません。
それは聖者が勝手に考え出したものではない…元々からそこにあったもの。
人間が存在する以前、地球には何があったのか?それは「生命」に他なりません。
彼らは命の本質を発見し、それを地上に具現化しようとした古代の科学者なのだと思います。
命は一つの存在から、分たれて分岐する…子供は一人の母から発生し、分離して生じて来る。
ならば、元々命は一つの存在だった。世界全体が命であり、目に見える命は全体の中の一部分。
聖者は、我も彼も同じ命だと悟ったのです。だから全ての人や動物に慈悲深かったのですよ^^
#4499[2016/07/08 18:14]  sado jo  URL 














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