シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

死とは何か?

命とは何なのか?(1) ~ブッダの正体に迫る~

仏の本質

この世には不思議な事実があります。それは全ての人が目にも見えず、証明すら出来ないものを、あると固く信じている事です。
文明の最先端を行く科学者ですら、自分には「命」があり「心」を持っていると言って憚りません…これはとても奇妙な現象です。
なぜ、科学で実証出来ないものをあると言うのか?あるとしたら、それは人体のどの部位にあるか?誰も指し示せる者はいません。
では、それは単なる妄想なのか?人はみんな妄想を信じているのか?…いいぇ、妄想ではありません。命や心は確かに存在します。
人はあるはずのない存在を確かに感じているのであり、命があるから生きていて、心があるからものを思う事を知っているのです。
そして、万人が信じているその事実こそが、人間が解脱に至る鍵であり、ブッダの正体(本質)を解き明かすヒントにもなります。

世界には最初に何があったのか?人間はなぜ生まれたのか?なぜ我々は生きているのか?その答えは全てあなたの中にあります。
神が世界を創ったのでもなく、神が光を齎したのでもありません。あなたや、全ての人や物に共通する命こそがその答えなのです。
なぜなら、命がなければ全てのものは生じず、命がなければ生きられず、命がなければ存在しません…それが当たり前の道理です。
であるならば、この世には最初に命があり、命から全てが生じたと言う事になります。では、命なるものは一体何なのでしょう?
目に見えず…と言う事は光でもなく、触れられず…と言う事は物質でもない。皆が持っている…と言う事は固有の存在でもない。

命とはいったい何なのか?その疑問を解く為に、当然自分にもある命に当てはめてこう考えて見ました。
もし、命が自分を生じさせたのであれば、自分は命の現し身(投影)になる。それなら命を感じる器官を必ず持っているはずです。
果たしてそれは何か?もしや、それが心と言うものではないか?だとしたら、心を通じて命がはっきり見えないのはなぜだろう?
そう考えていたら、腹の虫が騒ぎ出しました…途端にハッ!と気付きました。こいつらだ!こいつらが心を占領して命を見えなく
してしまっている。腹が減った。美味しい、不味い。暑い、寒い。好きだ、嫌いだ。性欲だ。金が欲しい、地位が欲しい。
際限無く領土を広げて心を占領し、あれこれと要求して執着させるもんだから、それを本当の自分だと思い込んでしまっている。
道理で命が見えないはず…でも、これらの己我(煩悩)を除去して自分の命を見るには、我が身を滅却するしか方法がありません。
けれど、肉身を失えば感覚(六感)がなくなり、当然心も失せて、命を感じ取る事も出来ないと言う…何とも厄介な話になります。
そこで、自分の命を見るのを諦めて他人の命を見る事にしました。すると、他人も自分と似たり寄ったりな事がよく分かりました。
大方、肉身の己我(煩悩)に突き動かされ、振り回されてあたふたと生きてるのですが、これが妙に愛おしく見えて来たりします。
あぁ言えばこう言い、こう言えばあぁ言いながら、懸命に生きてる事を主張しますが、その癖誰一人単体で存立してる者がいない。
己我を撒き散らす自分の肉の欠片に支えられ、同じ肉の集合体である他人に支えられ、空気や水やこの世のありとあらゆるものに
支えられてやっとこさ生存している。これは、生きていると言う能動的な状態ではなく、ただ生かされているだけです。

ここに至って命の輪郭が朧げながら見えて来ます。それは命とは互いに連携しながら存在しているものであり、あれなくしてこれ
はなく、これなくしてあれはない。命は命に触れ合い、互いに絡み合って初めて存在する事が出来る。
そうなると、世の中に個と言う単体は存在せず、個なるものは全体のパーツでしか無く、ならば我と彼を分け隔てる境界線はない。
そして、命が命を支えているならば、空気や水やありとあらゆるものが命と言う事になり、この世に命で無いものはなくなってしまう。
確かに、物理的にも空気も水も分子があり、原子が運動しながら存在を保っているのだから、これも命には違いないのです。
ふと「路傍の石にも命あり」と言った釈迦の言葉を思い出しました。何と科学の無い時代に、あの聖者は真実を知っていたのです。
一昔前、科学を知るアメリカ人が、その石の命を弄んで大惨事を引き起こしてしまったのは、無知の極みだったと言えるでしょう。
何の事はない。世界は命で出来ていた。この世界全体が命であり、人を含めて、全てがその命の中で生かされている存在なのです。

故に命と言うものを定義付けるなら、それは生じさせるものであり。生じたものであり。生かすものであり。生かされているものであり。
動かす、或いは変化させるものであり。動いている、或いは変化する当体である…と言う事になるでしょう。

~続く~


【命の大切さ】 (泣ける感動ムービー)

上の動画の2歳の男の子は、母親を慰めようとして嘘を付いたのでしょうか?いいぇ、幼児にはそんな才覚はありません。
まだ己我に囚れてない幼い命には、母のお腹の中にいる命が見えたのです。その命は自分の為に母が苦しんでいる事を知っていた。
だから2歳の命を通してこう伝えた「泣かなくていいよ。この世に出ようと思ったけど、ちょっと不具合が生じてしまった。お母さんに抱かれたらすぐ目の前から消えるから気にしなくていい。僕はいつもお母さんと一緒にいるよ。だから笑っていて」
人の言葉に訳せばそうなります。命が命を通じて何かを伝える事はよくある事ですが、信じる、信じないはあなたの自由です。


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~ Comment ~


親戚の塗装屋で働かされた頃に「欲がない」と言われたのを思い出しましたよ。
今もですが、心の病を患ってからまるで急に老け込んだように興味が湧かなくなり
ほとんど空の状態の心を頭で補うようになったからか、欲が湧かなくなったからか
人間というカテゴリーに境界線を引くのが自然とくだらなくも思うようになりましたね。
こうなってしまったからこそ思うことも増えてきましたし
私のようになれとまでは言わないけど、何かきっかけがあれば人は変わるものだと思います。
何も気づかず凡百の砂へと還るのは惜しいですね。
#4615[2016/08/03 23:03]  西條すみれ  URL 

Re: すみれ様COありがとうございます^^

> 人間というカテゴリーに境界線を引くのが自然とくだらなくも思うようになりましたね。
> 私のようになれとまでは言わないけど、何かきっかけがあれば人は変わるものだと思います。
> 何も気づかず凡百の砂へと還るのは惜しいですね。

原初に存在していた命は、一であって、命そのものが全体だった。これを「空」と言います。
そこから派生したものが、それぞれの形を纏って、我々が分別する存在になったのです。
だから、それぞれの存在=命に境界線はありません。別ものの様に己我が認識してるだけです。
それに気付こうが、気付くまいが、好もうが、嫌おうが、みんな一緒になって空に還るのです。
白人も黒人も、日本人も中国人も韓国人もみな一緒…命を司る空は分けてはくれません(笑)
生かされている分際で、随分傲慢な人の多い事です…その対極が「命=空」を悟った聖者です。
聖者は謙虚で穏やかです。怒らず憎みません…自分が生かされている事を知ってるからです^^
#4616[2016/08/03 23:43]  sado jo  URL 

人は、意味あって、生まれて来るのでは、なくって。
自分の人生に、意味を与えるのは、自分なのですよね。
それなら、より良いことを、目指した方が、高い意味を持つと思うのですけど。
流されて、ただ、機械的に反応して、過ごす人は、多いです。
もったいない、と思うのです。
自分の人生は、自分だけのもの、なのですから。
最初から、輝かせようとしないのは、もったいない、と思うのです。

かしこ
#4617[2016/08/04 00:37]  みかんゼリー  URL 

おはようございます🎶

>自分には「命」があり「心」を持っている・・・。
「命」「心」は、証明できなくても人間(生物)と言う物体がある限り
存在すると思います。

そして、私は「輪廻転生」を信じています。
地球上の物体は、熱力学により?増えもしなければ減りもしない。
ただ形が変化しているだけだ。と、教わったのですね。
ですから、命も「変化するだけ」と、考えているんですけど(@_@;)?
(エントロピーの法則が、関係してくるようですが、数式はわかりません。)

 
#4618[2016/08/04 07:46]  kanmo  URL  [Edit]

Re: みかんゼリー様COありがとうございます^^

> 人は、意味あって、生まれて来るのでは、なくって。
> 自分の人生に、意味を与えるのは、自分なのですよね。
> 自分の人生は、自分だけのもの、なのですから。
> 最初から、輝かせようとしないのは、もったいない、と思うのです。

意識して(選んで)生まれては来ないですね…それなら、誰しも条件の良い母を選ぶ(笑)
生は偶然に見えますが、実は偶然ではなく必然です…その命が同じ波長域にあるからです。
だから、見え、聞こえ、触れます。別の波長域ならそうならない。全体で一つの存在です。
己我が自と他を分けるのは錯覚ですが、その錯覚によって進化して全体に寄与するからです。
無為に過ごすより努力した方がいいですが、成功して驕り高ぶると、逆に命の害になります。
ただ、時流に流されて生きるだけでは、これまた無意味です。人生って難しいですね^^
#4619[2016/08/04 10:46]  sado jo  URL 

Re: kanmo様COありがとうございます^^

> 「命」「心」は、証明できなくても人間(生物)と言う物体がある限り存在すると思います。
> そして、私は「輪廻転生」を信じています。
> 地球上の物体は、熱力学により?増えもしなければ減りもしない。
> ただ形が変化しているだけだ。と、教わったのですね。

今生きている自分(体と心)は、全体の中の一つの現れ(現象)と位置付けられますね。
命から派生した宇宙は、質量全体は変化しません。あっちからこっちに流れるだけです。
いわゆる「エントロピーの法則」は、仏教で言う「空の法則」を科学で現したものです。
熱いお湯の中に氷の塊を入れると、やがて溶けて姿がなくなり、均一化されていきます。
これは命の現象を示しています…人は産まれてすぐに死に始め、やがて空に還ってゆく。
この世は湯船で、人は角氷かな…その証拠に、歳を経ると角が溶けて人は丸くなる(笑)
#4620[2016/08/04 11:11]  sado jo  URL 

こんにちわ
命は何か……難しいテーマーだと思います。
#4621[2016/08/04 12:42]  ネリム  URL  [Edit]

Re: ネリム様COありがとうございます^^

> 命は何か……難しいテーマーだと思います。

難しく見えるけど、最も人それぞれに身近なテーマになりますね^^
一度、自分の命が何処にあるのか?よく考えてみてはいかがでしょうか?
ほら「生きている」…と言う実感以外に場所が確認出来ないでしょう(笑)
人は小さな細胞の集合体で、個ではなく全体が命…それは世界も同じ事です。
そこから何を導き出すか?は、人それぞれの思いに委ねられます。
#4622[2016/08/04 12:59]  sado jo  URL 

こんにちは~♪
生命の存在は確かなものですが、地球に現れた必然性は謎のままです。
仏陀ももとはといえば人間が考え出したことで宗教では解明できないでしょう。
生命体について完全に解明し証明できるまでは正解は得られないと思います。
#4623[2016/08/04 16:53]  まり姫  URL  [Edit]

Re: まり姫様COありがとうございます^^

> 生命の存在は確かなものですが、地球に現れた必然性は謎のままです。

いぇいぇ、地球に現れるどころか、宇宙全体が空より生じた生命であり、地球はその中の小さな細胞…そこに寄生して生きる我々を含む生命体はウィルスに当たるのかも?(笑)
宇宙全体が多層構造を成し、各々の生命は、身の分に応じてそれぞれの階層で生きてます。
人間だけが知性を持つ…と言う思考は人の傲慢で、質の異なる知性も立派に存在してます。
太陽もまた知性体なのです…但し、人が考える知性の概念とは駈け離れた知性ですが(笑)
#4624[2016/08/04 17:13]  sado jo  URL 














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