シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

「▼やさしい刑事」
やさしい刑事 小説本編

やさしい刑事 第3話 「目撃者」 (1)

バイオリン少女

<オリジナル/ファンタジー/ミステリー>

「通報が入りました!T町の住宅街にある家の二階で老婆のマンジュウ(遺体)。発見時刻は午後5時20分。第一発見者は隣家の奥さん…どうやらコロシ(殺人事件)のようです」
 飛び込んできた刑事の報告に、帰り支度に取り掛かっていたヤマさんは、いったん天を仰いでから振り向いた。
「やっぱりな~…何だか今日は真っ直ぐに帰れそうもない予感がしていたよ」
 そうして、すぐさま上着を着直すと、デカ部屋に詰めていた捜査官たちに号令を掛けた。
「出るぞっ!平野刑事。工藤刑事。浜崎も付いて来い!」
「はいっ!了解しました」平野刑事以下、デカ部屋に詰めていた刑事たちが答えた。
 刑事たちは直ちに二台のパトカーに分乗して、現場の警備に当る警官たちと共に警察署を出た。
 春先の夕暮れの空はどんよりと曇って、今にも泣き出しそうな気配だった。
「昨日は天気が良かったのに、今日は降りそうだなぁ~…面倒なヤマ(事件)じゃなきゃいいが」ヤマさんはそう呟いた。
「そうですね。降られると何かと捜査の邪魔になりますからねぇ~…イヌの応援も頼めないし」平野刑事も言った。
「まぁ、面倒にならない事を祈るしかないか」
「きっと大丈夫ですよ。ヤマさんの勘はイヌより鋭いから」
「おぃ、おぃ、俺はイヌ扱いか~…平野刑事」
「いや、そう言う意味じゃぁないですよ。頼りにしてます…って事です」
「下げてみたり、持ち上げたり、ひどいやつだなぁ~、お前さんは」
 そんな話をしながら、刑事と警官たちが事件現場に到着した時は、午後5時30分を回っていた。

 事件現場に着いた刑事たちは、早速、第一発見者の立会いの下に、死体の検分を行った。
 外傷がないところを見ると、死んだ老婆は、どうやら首を絞められて殺されたようだった。
 ヤマさんは、現場検証に立ち会ってもらった第一発見者の隣家の奥さんを早々に帰宅させた。
 事件には直接関りが無いと判断して「聞きたい事ができたら、こちらから出向きますから」と伝えておいた。
 旦那さんも帰宅する頃だし、夕飯の支度もあるだろう…と、やさしいヤマさんは気を使ったのだった。
 ほどなく鑑識捜査班が到着し、二階の老婆殺害現場の仏間にカメラのフラッシュがまたたいた。
 鑑識捜査官は、白いチョークで遺体に沿って白線を引き、入念に殺された老婆の身体を調べた。
「やはり死因は絞殺か?」ヤマさんは鑑識捜査官に尋ねた。
「そう見て間違いないですね。縊死痕から推測すると、死後20時間前後って所ですね」
「そうか~…昨夜の犯行だとすると、ゲンニン(現場確認)に立ち会ってもらった隣の奥さんのゲン(証言)とも一致するな」
「部屋が荒らされてないと言う事は、やはり顔見知りの怨恨絡みでしょうか?…仏壇の中の現金や通帳もそのままだし」
 一緒に捜査に加わっていた平野刑事がそう聞いて来た。
「まぁ、そのセンもあるわなぁ…にしても、ホシ(犯人)は余程あわててズラかったらしいな」
「誰かにメ(目撃)でも付けられたんでしょうかねぇ~?ヤマさん」
「う~ん…しかし、ホトケの婆さんは一人暮らしだったそうだしな。誰か別の人間がいたとは考えにくい」
「犯行時刻に別の誰かが訪ねて来た…とかは、ないですかねぇ?」
「だったら即通報があるだろう…平野刑事、後を頼むわ。ちょっと隣の奥さんにもう一辺ウラ(証言)を取って来る」
「はいっ!了解しました。ヤマさん」
 そう言ってヤマさんは、一階まで降りて玄関の戸を開けた。外には事件を嗅ぎつけた野次馬が、パラパラと集まって来ていた。
「ご苦労様です」事件現場の警備に当っていた警官が、ヤマさんに敬礼をした。
「あぁ、ヤマ(事件)を嗅ぎつけたブンヤ(記者)たちがわんさか寄って来なきゃいいがな~…しっかり頼むぞ」
 警官を激励したヤマさんは隣の家に向かった。隣家と事件があった家との間には、壁を挟んで70cmほどの狭い隙間があった。

 ヤマさんは、近代建築で作られた「蔦矢」と言う表札の出ている家の前に立って、玄関のドアホンを押した。
「は~ぃ、どちら様でしょうか?」ドアホンの向こうから奥さんの声が聞こえて来た。
「すみません。先ほどは現場検証に立ち会っていただいてありがとうございました」
「あぁ、警察の方ですか。ただいま開けます」
 玄関のドアがガチャリと開いて、品の良さそうな中年女性が顔を出した。
「あっ、さっきの刑事さんでしたか。どうも失礼いたしました」
「いぇいぇ、こちらこそお忙しい所をお手間を取らせまして、心より感謝いたします」
「あれから何か分かりましたか?」
「いぇ…その件でもう少し詳しいお話をお伺いしたいと思いまして」
「外が騒がしくなってるようだし、玄関で立ち話をしてると人が寄って来るといけない。上がってもらいなさい」
 その時、ダイニングルームの方から、そう言っている旦那さんの声が聞こえて来た。
「そうですわね…どうぞ、お上がり下さい。刑事さん」
「お忙しい所をすみません。それじゃぁ失礼させていただきます」
 ヤマさんが、奥さんに案内されてダイニングルームに入ると、眼鏡を掛けた恰幅のいい旦那さんが迎えてくれた。
 ダイニングルームの壁や飾り棚には、たくさんの表彰状やトロフィが飾ってあった。
「いやぁ、私達もびっくりしてるんですよ。まさか、あのお婆ちゃんが…って」その旦那さんが言った。
「えぇ、私も見た時は血の気が引きました。何が何だか分からなくって」奥さんがそう言葉を継いだ。
「いや、さぞ驚かれた事でしょう。ご通報いただき感謝いたします」ヤマさんはそう言って頭を下げた。
「いぇね、お婆ちゃんは去年旦那さんを亡くされて一人暮らしだったもんで、家内が時折様子を見に行ってあげてまして」
「足がお悪いのに、いつも二階の仏間にいるから『下でお休みになったら』って言っても、亡くなったお爺ちゃんの側に居たいって言われてね」
「そうだったんですかぁ~…何だかお婆ちゃんの気持ちは分かるような気がします」
「今日、主人を送り出した時も、夕方のお買い物に行った時も、玄関が開けっ放しだったんで、もしや!と思って上がったら」
「いいお婆ちゃんだったのにねぇ…まさかあんな事になるとは」旦那さんが、信じられないと言う顔をしながら言った。
「何か、ここ数日変わった事は無かったですか?様子が変だった?とか、誰かに脅されてるみたいだった?とか」
 ヤマさんがそう尋ねると、奥さんが答えて言った。
「いぇ、特に変な様子は無かったですが…あぁ、そうそう。甥子さんとか言う方が「金の無心に来る」と愚痴をこぼしてましたねぇ」
「甥ねぇ~…昨日の夜、隣から何か異常な物音とか、悲鳴とかは聞こえませんでしたか?」
「う~ん…このダイニングからでは、隣の二階の物音は聞こえませんねぇ…あぁ、そうそう弓子なら」と旦那さんが言った。
「弓子さん…ご家族の方ですか?」
「えぇ、二階にいる下の娘です。上のはもう遠くの大学に行ってましてね。おぃ、お前。ちょっと弓子を呼んできなさい」
「はい、あなた」
 旦那さんにそう言われた奥さんは、ダイニングルームの横にある階段から二階に上がって行った。

 しばらくして、16歳くらいの少女が母親に手を取られながら階段を下りてきた。少女は右手に白い杖を携えていた。
 その白い杖の少女は、キョトキョトしながらおぼつかない足取りで歩いてきて、母親に引いてもらった椅子に腰掛けた。
「娘の弓子です。ご覧の通り生まれつき目が見えないもんで」旦那さんが、そう言って少女を紹介した。
「あぁ、それはご無理を申し上げました…ごめんね弓子ちゃん」
 ヤマさんがそう言うと、少女は声のする方を探るように顔を向けて、ニコッと笑った。
「弓子。昨日の晩、お隣で何か変な物音がしなかったかい?警察の方が来られて尋ねられているんだが」
 父親にそう尋ねられた少女は、人の気配を探すようにヤマさんの方に向きながら言った。
「あのね…昨夜バイオリンの練習をしようと思ってベランダに出たら、お隣で怒鳴り声がしたので、恐くなって部屋に戻ったの」
「ベランダに出てバイオリンの練習?…その時に怒鳴り声がしたんですか」
「弓子はバイオリンをやってるんですよ、刑事さん。まぁ、目が見えないので友達もできないし、不憫に思って幼い頃からバイオリンを習わせてましてね」
「あぁ…それで表彰状やトロフィがあるんですね」
 ヤマさんは、ダイニングルームの壁や棚に飾ってあるたくさんの表彰状やトロフィに納得した。
「親が言うのも変ですが、才能があったのか?お陰様で小学生の頃から、あちこちのコンクールや大会で賞をいただきましてね」
「そうですか。それはすごいですね~…それでベランダで練習を?」
「はい、隣近所の迷惑になるといけないから、夜遅くまではやっていないんですけどね」
「ご迷惑じゃないですか?ってお婆ちゃんに聞いたら『いや~、いい音色だねぇ…心が癒されるよ』って喜んで下さってたのにねぇ」奥さんも付け加えて言った。
「そうですかぁ~…いや、手掛かりをありがとう、弓子ちゃん。お陰で助かりました」
 主任刑事がそう言うと、少女はまた声のする方を向いて、ニコッと笑った。
 それから、少女は椅子から立ち上がって、母親に支えてもらって階段を上がって行った。
「どうも、お忙しい所に押し掛けてお邪魔いたしました」
 ヤマさんはそう言って旦那さんにお辞儀をして、小雨の降りしきる中蔦矢家を後にした。

~続く~

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