シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

随想/論文集

文は疲れる(笑)

Ghost Shell

最近、何だか文章を綴る事に少々倦んでいます。
自分が映画界の出身だからかも知れないが、どうしても文章表現と映像表現を比較して、その違いを意識してしまうのです。
例えば、長編物語をイメージで表現するのに、映画だと約2時間程度で済みます。だが、文章だと数10万字を要してしまいます。
同様に、映画ならクランクインからアップまで半年~1年位ですが、文学を完成させるには数年の歳月を掛けなければなりません。
アクションなど人間の肉体的動作も、映画なら観るだけで分かりますが、文章に置き換えると、表現するのにとても苦労します。
文章で人の心理描写を行なうと、事細かい表現力が必要になりますが、映画なら登場人物の表情を観れば、即座に理解出来ます。

映像は自由でこれといったルールはありません…特にCGの発達した今では、表現出来ないイメージはないと言ってもいい位です。
ところが、文章には文法だの何だのうるさい決まりがあり、イメージ描写が限られてしまって、思った事の半分も表現出来ない。
仮に映像を文学に訳すなら、ワンカットの中に名詞も動詞も形容詞も、全部詰まってるので、接続詞などと言うものもいらない。
だから「誰が言った」とか「誰がした」とかいちいち説明する必要もなく、その分時間を短縮出来て流れもスムースに運べます。

近年、若者が使う日本語が乱れていると言われますが、もしかして、映像で育った彼らが映像的表現をしているのかも知れません。
彼らの使う短縮語なるものには確かに映像の匂いがします…だとしたら、乱してるのではなく言語を進化させてるのではないか?
彼らは来るべき未来のコミュニケーションの形に近づけようとしているのではないだろうか?…そんな思いすらして来るのです。
思えば言語は、人類が各地に分散し、地域・民族ごとに編み出した単なる記号であり、決して万能の意思疎通手段ではありません。
だから地域・民族ごとに同じものが違う意味を持ち、表現出来ない単語もあり、誤解が生じてしばしば争いの元になったりします。

しかし電子技術がさらに発達した未来。人々は電脳を通して、自らの意思…イメージを直接相手に伝達する事になると思われます。
これだと通訳も要らず、誤解が生じる事もなく、しかも万国共通でどんな相手とでも直にコミュニケーションが可能になるでしょう。
多分、遠くない将来、文字(文学)はアーカイブだけを残して地上から消える事になる…若者達のやってる事はその布石なのです。
尤も、一種のテレパスでイメージを直接やり取りすると、感情まで相手に伝わるので、恋愛の時などは困惑するかも知れませんね。
ま、その辺は電脳をオープンにしたり、クローズドしたりして問題にならない様にするでしょうが、どの道嘘は付けませんよね(笑)
なので、嘘を付いて人を扇動する事も出来なくなる…「何だ!お前の頭(腹)真っ黒じゃねぇか」何てすぐに見破られてしまいます。
海の向こうの国の大統領や独裁者。嘘を付いてメシ食ってる政治家には不利な世の中になるでしょう…詐欺師もいなくなります(笑)
未来は人が正直になる…いゃ、正直にならざるを得ないのか?…とか言いながら、ホンネは半ば映画界出身者の意地です(笑)
文人が映画人より大きな顔をするのが気に食わないので、文章なるものの規則を壊してやろうと無謀な企みをやってるだけかも。
若者達がスイスイやる様には上手くいかず、当たって砕けては挫折してますが…それでも文字なき未来を目指してがんばろうと。
どれだけ目茶目茶な文を書けるか?…そこに価値を見出してますので、読み辛い文章になりますがご容赦下さい(笑)



映画 【Ghost in the Shell(攻殻機動隊)】 より テーマ曲「謡」
電脳空間を描いた日本のアニメがハリウッド映画に!…スカーレット・ヨハンソン演じる「草薙素子」が凄くカッコいいです♪

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~ Comment ~


こんばんは
長編は作るだけで大変だなと思いました。
#5509[2017/02/13 23:05]  ネリム  URL  [Edit]

よくもまあ、いろんなことを思い付いて文章にできますね。感心します。

特にSFやアクション映画は、映像の威力が発揮される分野でしょう。
まさに、一見は百文に如かず、映像は強し、です。
小津安二郎映画のセリフなんか、台本では「わたし まだ」、「そうか まだか」、
といった調子で、じつに単調な会話が続いているのではないかと思います。

しかしながら藤村の「小諸なる古城の…」の詩の「歌哀し佐久の草笛」なんてフレーズは
雰囲気は映像で出しやすくても、この言葉の味わいは出しにくいのじゃないですかね。

文学作品が映画化されると細部のストーリーが原作と違う場合があり、
心理描写の一番いいところが省略される場合があります。
ミステリーもので、犯人が二人に増えている映画を観たことがあります。
映画はどうして大胆に原作を外れることがあるのでしょう。

人間はテレパシーで会話をするのが本来だという話がありますが、
あんまり正確に意思が伝わると、はだかの王様の話が成立しなくなりますね。
#5510[2017/02/14 08:54]  ☆バーソ☆  URL  [Edit]

私も書いててたまに外国語に翻訳したらどうなるのかなと思うセリフや表現がありますね。
観たら万国共通でわかるものでも読んだらうまく伝わらないこともあるし確かに難しいです。
だから同じ作品でも視覚的に観るアニメのほうが良いのですが
アニメ化の前にはライトノベルとして売られているのも事実であり
まずは文が作品として面白いかという前提がないとアニメ化まではいかないのかな。
私は漫画家を挫折したので文で書いてますが、やはり漫画のほうがわかりやすいですね。
#5511[2017/02/14 09:44]  西條すみれ  URL 

Re: ネリム様COありがとうございます^^

> 長編は作るだけで大変だなと思いました。

えぇ、文にすると何年も掛かります。最期には初めのストーリーを忘れてしまう位。
文豪と呼ばれる人物達は、人並みはずれた記憶力を持ってるんでしょうね(笑)
映像だと、イメージが印象強く頭の中に残るから、忘れる事はありませんけどね^^
#5512[2017/02/14 12:28]  sado jo  URL 

Re: パーソ様COありがとうございます^^

> 人間はテレパシーで会話をするのが本来だという話がありますが、
> あんまり正確に意思が伝わると、はだかの王様の話が成立しなくなりますね。

在り来たりの酒を巧みに混ぜて、美味いカクテルを作る…美文家とはバーテンダーです。
酒=言語自体は安物でも調合次第では高く売れる…バーの経営者だった自分の経験です。
如何に読者を酔わせるカクテルを作るか?まぁ、文章家の本質は詐欺師の様なもの(笑)

文豪ゲーテを分析した心理学者は「彼はアル中患者の様な人物である」と診断しました。
「君だけに永遠の愛を」と言いながら、生涯何人も女を取り替えて恋に酔って詩を書く。
その美文を読んで酔っている読者は「マスターのカクテルは美味い」と言う酔い客(笑)
人類がイメージを直接伝達する様になると、美文家のバーは閉店しなきゃなりませんね。
#5513[2017/02/14 13:01]  sado jo  URL 

Re: すみれ様COありがとうございます^^

> 私も書いててたまに外国語に翻訳したらどうなるのかなと思うセリフや表現がありますね。
> 観たら万国共通でわかるものでも読んだらうまく伝わらないこともあるし確かに難しいです。

文=言語は頭の中にあるイメージを記号に翻訳したもの…だからイメージの減衰が起ります。
読む(聞く)者は、再び頭の中で翻訳してイメージを再構築しなおす…だから誤解が生じる。
これが言語コミュニケーションの最大の欠陥です…対してイメージの直接伝達は極めて正確。
けれど「好き」の感情がモロに相手に伝わるから、告ル時のドキドキ感が失われてしまいます。
恥じらいもなくなるし、即振られてしまう…電脳社会の未来を生きる若者はキツイかもね(笑)
#5514[2017/02/14 13:19]  sado jo  URL 

そうですか。映像を作る方が容易ですか。
小説を読んだ後で映像化された作品を見ると
違和感を感じますが、映像を先に見て、後から
原作を読むとあまりそれを感じません。
どうしてでしょうね。
#5515[2017/02/14 19:48]  エリアンダー  URL 

Re: エリアンダー様COありがとうございます^^

> 小説を読んだ後で映像化された作品を見ると
> 違和感を感じますが、映像を先に見て、後から
> 原作を読むとあまりそれを感じません。どうしてでしょうね。

人は情報の90%を視覚から得ています。だけに映像は強烈な印象を残します。
人は文=話は疑いますが、見た物は疑わない…でもそれはトリックかも知れない。
特撮の仕事をしていた自分は、手品の様に人を錯覚させて欺く手法を学びました。
見た物を鵜呑みにしない事…貴方の見た映像=画像は意図された偽物かも知れません。
アメリカ人は、映像=画像を加工した「フェイクニュース」にまんまと騙されました。
映像に飲み込まれない様、想像力を働かせ、映像を疑って検証する事が大事ですよ^^
#5516[2017/02/14 20:29]  sado jo  URL 

以前どっかでコメントしたかもですが、自分はテレビドラマの脚本家志望だったせいか、書くときにまずは映像を思い浮かべます

そして、その映像を文に変換する

っていうことをやってますね

で、初期の頃は文だけだと伝わる率が下がると思っていたせいか、言葉数が増える傾向にありました

しかし、ある時から浮かんだ映像を客観視しているような視点で書くようになりました

その結果、言葉数はだいぶ減りましたね

まぁ、それで誤読されても気にしないですけどねw

好きとか嫌いは、正直電脳とかテレパスに限らず、無意識的にノンバーバルランゲージで相手に伝わってると思います

ハッキリ言ってバレバレ且つ見え見えですねw
#5517[2017/02/15 20:15]  blackout  URL 

Re: blackout様COありがとうございます^^

> 以前どっかでコメントしたかもですが、自分はテレビドラマの脚本家志望だったせいか、書くときにまずは映像を思い浮かべます
> そして、その映像を文に変換するっていうことをやってます

自分も映像作家志望でしたから、blackoutさんの気持ちは何となく分かります。
でも、脳内イメージを絵でなく、文に変換すると相当イメージが減衰しませんか?
映画監督さんは、スタッフとイメージの摺り合わせをするのに必ず絵コンテを書きます。
文=言葉だと伝わらないイメージも、絵だと伝わります…なので、映画監督は漫画家がびっくりするほど絵の上手い人が多いです。宮崎駿さんや、新海誠さんの絵コンテは絵が動き出しそうなくらい凄いですね^^
#5518[2017/02/15 20:35]  sado jo  URL 

>でも、脳内イメージを絵でなく、文に変換すると相当イメージが減衰しませんか?

いや、そうでもないですよw

現にsado joさんには、あの文面でもかなりの精度で自分の脳内イメージが伝わってると思ってますしw

養成所に通ってたとき、自分の書いたものを発表したりしてましたが、結構自分の脳内イメージがかなりの精度で、相手に伝わってることが多かったですね

脚本だと、今よりさらに文字数が少ないにも関わらず、です

でも、やっぱり映像や絵、音楽の方が伝わりやすいのは確かだとも思ってます
悔しさもありますが、それが現実でもあるかなと

なので、自分はその辺は割り切ってる節があります
#5522[2017/02/16 22:14]  blackout  URL 

Re: blackout様COありがとうございます^^

電脳システムを使った脳内イメージの直接伝達なら、100%相手に意思を伝える事が出来ますよ。
なぜなら、人は自分の経験値でしか書かれた文を翻訳できないが、テレパス方式だと、感情も含めて経験してない事まで伝わって来ます。
つまり、相手の感情や知識を丸ごと自分のものにする事が可能な訳です…反面、想像すると言う事をしなくなるので、脳のある部分は衰えてゆくかも知れません。
媒体を使った方が人は進歩するのか?使わない方が誤解や勘違いをせずに済むからいいのか?
自分はわざと映画の中に感情移入して、登場人物の経験をコピーしようと試みますけどね(笑)
#5524[2017/02/16 23:02]  sado jo  URL 

こんにちは。ご無沙汰しております。
一年以上、文章を綴る事に少々倦んでました(苦笑)
ノリノリの時は次々溢れて書きまとめられない程だったのですが、読む人が期待しているもの(ウケが良い内容etc)を意識しだした途端に、ぱったりと枯渇しました。
元々、自分が読みたい小説を書こうで始まったので、それ以上の事をしようとしたのが(私にとっては)そもそもの間違いでしたw
原因が分かったので、また筆が進むと思います(たぶん)

そんな現在ですが、変わらずに思う事は『自分が思い描いている脳内映像をそのまま他の人に見せられたら』です。
頭にコンセントがあって、PCのプラグを挿してYouTubeに接続するとそのまま流せる(脳内ユーチューバー?)とか
アプリで人の心理描写や事細かい表現描写まで文章化できるとか……です。
思っている事、感じている事を文章にして表現するのは突き詰めれば突き詰めるほど難しいです。

映像に関わる仕事とは全く無縁なのでよく分かりませんが……
例えば「苦悩する表情」を役者さんが素晴らしく演技で表現して、多くの人の心に響かせた場合、それを小説で読ませて同じように響かせられるかと言ったら、かなり難儀な事だと想像してます。


宇宙人はテレパシーで会話すると何かの番組でやってましたが、存在するとしたら人間の最終進化形なのかなと、ふと思ったりもしていますw
#5584[2017/03/03 17:53]  ヘタリーナ風鈴  URL 

Re: ヘタリーナ風鈴様COありがとうございます^^

「バベルの塔」の伝説はある事実を暗示しています。
神が言葉を使わずにイメージを伝達する様に、昔の人類は何かの共通伝達手段を持っていた。
それは映像伝達だったのではないか?…その手段を用いて造物主と同じ地位に昇ろうとした。
だから神はそれを奪って、言語でしか互いのコミュニケーションが取れない様にしたのです。
その為に、人類は「人種」「民族」「国家」に別たれて争い、互いを理解し合わなくなりました。
20世紀初頭に映画技術が生まれ、末には電子技術が生まれたのは偶然の産物ではないと思います。
頭にブラグや電脳を埋め込んで情報を交換する時代が、すぐそこまで近づいていると思いますよ^^
その前に、古い言語観念の世界観に縛られた連中が世界を滅ぼさなければ…の話ですが(笑)
#5586[2017/03/03 20:17]  sado jo  URL 














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