シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

「▼まぼろし」
まぼろし 小説本編

まぼろし 第3話 「亡霊」 (1)

クレムリン

<オリジナル/ホラー/ファンタジー/ミステリー>

 ドアを開けて入ったクレムリンの大統領執務室は、いつになく薄暗かった。
 クークラ報道官は「ソチ・オリンピック」に向けた、国民への大統領メッセージを受け取るために部屋の中に入った。
 そこにはVやMなど、P大統領お気に入りの側近たち数人が、テーブルを囲んで座っていた。
「クークラであります。大統領のメッセージをいただきにまいりました」クークラは一礼をして言った。
「あぁ、草稿はそこのテーブルの上に置いてある」大統領補佐官のSはそう言った。
「はっ!ではいただいてまいります。S補佐官」
 クークラは大統領のメッセージの草稿をテーブルから取り、小脇に抱えると大統領執務室を出て行こうとした。
「ちょっと待ちたまえ、クークラ君」後ろからP大統領の声がした。
「はっ!何でありましょうか?大統領閣下」クークラは立ち止まって、大統領の方に向き直った
「婚約したそうだね。クークラ君」
「はい!暖かくなったら結婚式を挙げる予定でおります」
「そうか、それは良かった。何かお祝いをしなきゃならんな」
「はっ!私の様な者にお気を使っていただき、ありがとうございます。大統領閣下」
 クークラは、P大統領に深々と頭を下げると、クルリと踵を返して再びドアの方に向かって歩いた。
 ふと気がつくと、大統領執務室の壁に「ハーケンクロイツ」が掛かっているのが目に入った。
(ロシア国旗じゃなくて、ハーケンクロイツか…?悪趣味だな~、大統領も…)彼は苦笑いしながら部屋を出た。

 数日後、P大統領の臨席の元に「ソチ・オリンピック」は華やかに開催された。

 それからしばらく経ってから、クークラは部屋に鳴り響く電話のベルで眠りから覚まされた。
 オリンピックが始まってから何かと忙しく、昨夜も夜勤だったので、お昼過ぎまでぐっすりと眠っていたのだった。
(誰だろう?…ワーニャかな?)眠気まなこをこすりながらベッドから出ると、彼は受話器を取った。
「はいっ、クークラですが」クークラは言った。
「ビクトル、ビクトルなの?ワーニャが…ワーニャが死んだの」それは婚約者ワーニャの母親の声だった。
「何ですって!ワーニャが死んだ?」クークラは驚きの余り、思わず受話器を落としそうになった。
「今朝早く、家の前の道に倒れて死んでいたの。てっきりあなたの所に居ると思ってたけど…」
「ワーニャがお母さんに内緒で泊りには来ないでしょう。それに昨夜は、僕は夜勤だったし…」
「そうね。おかしいな?とは思ってたんだけど…」
「今、どこにいるんです。警察ですか?」
「いぇ、病院よ。今さっきワーニャの検死が済んで、これから教会に運ぶところなの」
「死因は何だったんですか?」
「失血死ですって…体の血が半分くらいしか無いって」
「そんな馬鹿な!?一昨日会った時は、血色も良くて元気だったのに…」
「ともかく、すぐに教会に来てちょうだい。ビクトル」

 クークラがモスクワ郊外にある教会に行くと、すでにワーニャの家族や、知らせを受けた友人たちが集まっていた。
 どうやら、ワーニャの遺体はもう棺の中に入れられ、祭壇の前に安置されているらしかった。
 礼拝堂に入って来たクークラの姿を見たワーニャの母親が、涙を流しながら彼に駆け寄って来た。
「あぁ…ビクトル、ビクトル」
 クークラはしっかりとワーニャの母親を抱き止めた。そして、彼女の肩を支えながら棺の前に行った。
 棺の中には、白いドレスに包まれて身を横たえたワーニャの遺体があった。
 顔は青白かったが、まぎれもなく、あの愛しくて可愛いワーニャだった。
「信じられない。なぜこんな事に…」クークラは呆然と立ちすくんだ。
「ねぇ、ワーニャ。貴女のビクトルが来てくれたわよ」
 そう遺体に語り掛けると、母親は棺の前で泣き崩れてしまった。
 クークラは愛おしそうにワーニャを見た。首筋に小さな傷がある以外は、まるで生きているように思えた。
 そして、じっと彼女の遺体を見つめていた彼も、悲しみの余りとうとう頭を抱えて崩れ折れた。

 その翌日、クリミア愛国自警団に化けたロシア軍は、クリミア半島を占拠した。

 ワーニャの死に深いショックを受けたまま、大統領執務室に呼ばれたクークラは、ドアの前で立ち止まった。
 話し声がする所をみると、どうやらP大統領と側近たちが、テーブルを囲んで何やら会議を行っているらしかった。
 彼が僅かに開いたドアの隙間から覗くと、部屋の中はこの前よりも遥かに暗かったが、数人の側近たちの姿があった。
「どうやら、計画は順調に進んでいるようだな」P大統領が言った。
「しかし、ズデーテン(チェコ)併合の時のようにすんなりとは…早晩、アメリカやEUが横槍を入れて来るのでは…」
「思い出したよ、ズデーテンの時は英国首相・チェンバレンが『遠い外国の事だ。そちらのお好きに…』と言いおった。笑ったよ」
「心配は無い。オバマは口だけの腰抜けだし、EUは烏合の衆だ。言うだけで何もしては来んよ。ヒムラー君」
「まぁ、ローゼンベルク閣下がそうおっしゃるなら…」
「この時のために時間を掛けて同士を増やし、ナショナリズムを煽って来たんだ。前回のような失敗はしない」
「そうだな。ゲッペルス君の言う通りだ。今回は、我々は充分に時間を掛けて権力体制を築いて来た」
(ヒムラー?ローゼンベルク?ゲッペルス?どこかで聞いたような名前だ。誰だろう?大統領と話しているのは…)
 クークラは何か異様な雰囲気を感じて、ドアの前に立ったまま部屋の中に入れないでいた。
「アメリカやEUは口だけだとして、中国はどう出て来ますかね~?」
「心配は無い。やつらもチベットやウイグルなどの民族問題を抱えている。我々の行動には賛同するだろう」
「そうそう、その民族活動家とやらの中に、我々が同士を紛れ込ませている事も知らないでな」
「クリミアやウクライナが片付いたら、次はいよいよヨーロッパですな」
「いやいや、ヨーロッパはまだ時期尚早だ。まずは中東とアジアからだな」
「中東はアメリカがのさばっている。だいぶん地元の不満が鬱積しているからな…手頃な獲物だ」
「東アジアは、もうしばらく中国にいい顔をさせておけ。アメリカへのけん制にもなるしな…」
「いずれ中東を制覇したら、飲み込んでやるさ…日本もな」
 余りにも恐ろしい内容の話をドアの外で聞いたクークラは、思わず後すざりした。
 途端に、手に抱えていた書類が床の上に滑り落ちてしまった。
 バサッ!と言う音が、クレムリンの廊下に鳴り響いた。

~続く~

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