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シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

棘(いばら)の記憶

棘の記憶 「記憶の始まり(2)」

棘02

 日本人の誰もがお国のために役に立つ事を金科玉条としていた時代だった。
 父のように兵役逃れなどを考える人間は、周りから非国民だと罵られていた。
 けれども、父には愛国心がなかったかと言えばそうではない。
 周りの若者と同じように天皇陛下を崇拝し、アジアの植民地を欧米から解放する大日本帝国の戦争に賛同していた。
 ただ、病弱な母と二人の妹を養うためにそう考えざるを得なかったのだ。
 しかし、当時の国家はそんな個人の事情を考慮してくれるはずもなかった。
 愛国心がありながら兵役を逃れようとする父は、きっとはなはだ矛盾していた事だろう。
 いゃ、そもそも国家自体が欧米列強からアジアの植民地を解放すると言う名目で戦争に乗り出しながら、朝鮮や台湾などの自国の 植民地は我が物にしていたのだから、矛盾極まりない事この上ないが、父も当時の日本人もそんな不条理に気づく者はいなかった。

 父はその頃「東都大学」の法学部で、当時としては新しい分野だった犯罪心理学を学んでいた。
 今日でも優秀な官僚や政治家を数多く輩出する東都大学は、あの時代においても国家のエリートを育成する名門校だった。
 父も無事に東都大学を卒業して役人にでもなれば徴兵を免れる事ができたのだが、中途退学ではそれも叶わなかった。
 それでも、あれこれ思案を重ねた末に父は警察官になる道を選んだ。
 警察官ならばよほどの事態にならない限り徴兵されないだろうと思ったからだ。
 ただ、卒業生ならば将来の出世を望める幹部候補生になれただろうが、父の場合は一介の巡査にしかなれなかった。
 でも、例え薄給の平巡査であっても家族を養えて、兵役を避けられるならそれでよしとしなければならない。
 そう思いながら淡々と街の交番所に勤めていた父に、ある日仰天するような辞令が下った。
 「警視庁特別高等警察部に配属を命ず」…思いもよらない異例の栄転であった。

 米英との戦端を開き、戦時色を強める日本にあって、挙国一致体制を築くべく特高警察は有能な人材の発掘に追われていた。
 そんな折に「東都大学法学部にて犯罪心理学を専攻」と言う父の履歴が、特高警察幹部の目に留まらないはずがなかった。
 もちろん父は素直に喜んだ…階級とともに俸給が上がれば母に楽をさせてやれるし、妹たちも上の学校に行かせてやれる。
 それに、何よりも特別高等警察に配属になれば、自分が今まで学んできた犯罪心理学を生かす事ができると思った。
 だが、意気揚々として着任した特別高等警察部は、父が考えていたような部署ではなかった。
 ともかく、目星をつけた思想犯や反戦活動家、宗教家や信者、不敬罪違反者に理由をつけて何が何でもしょっぴいて自白させる。
 脅し、騙し、強要し、暴行を加える…それでだめなら自白剤等の薬物を使用するもよし、時には親兄弟を連行して脅迫してもよい。
 方法は一切問わない。白状させればそれでよい…およそ、父が学んだ理詰めの犯罪心理学などはまったく通用しない部署だった。
 最初は驚いて戸惑っていた父だったが、次第に特高警察の手荒いやり方に慣れていった。
 人はどんなに理不尽で不条理に見える事でも、それが日常化すれば当たり前に感じるようになってくるものだ。
 人の心はそれほど周囲の空気に流されやすく、また恐いものでもある。

~続く~

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~ Comment ~


今でも脅しや暴力で犯罪者にさせられるって話は聞きますね。
そういえば私の親戚に定年退職した元警察官がいますが
「例え見かけても事故や遺体の目撃者にだけはなるな」と言っていたのを思い出しました。
目撃者になることで、やってもいないのに犯人にされるケースはあるようです。
#7161[2018/05/10 10:39]  西條すみれ  URL 

Re: すみれ様COありがとうございます^^

> 今でも脅しや暴力で犯罪者にさせられるって話は聞きますね。
> 「例え見かけても事故や遺体の目撃者にだけはなるな」と言っていたのを思い出しました。
> 目撃者になることで、やってもいないのに犯人にされるケースはあるようです。

戦前・戦中は密告や思い込み捜査で強制的に自白させるケースが多く冤罪が多かった。
特に特高警察のやり方は強引なものでした…今なら逆に警察の方が罪に問われますね。
まぁ、警察官は人を疑うのが仕事なので、目撃者や第一発見者を疑う場合もあります。
けれど、市民が疑われるのを恐れて、見て見ぬ振りして通報しなければ、犯罪者が野放しになり治安は悪化します…イジメが蔓延ってしまったのがいい例です。
現代警察はDNA鑑定などの科学捜査も取り入れてますので、冤罪は少なくなってます。
やはり市民は、自身や社会を守る為にも警察に協力してやった方がいい思いますよ。
#7162[2018/05/10 11:24]  sado jo  URL 

特高は日本の恥部のはずですが、戦前の数々の悪行のいっさを問われず、戦後ぬくぬくと出世したものや経営者になったものまでいます。
彼らも国民にとっては犯罪者であるのに、冤罪の被害者が名誉回復さえされていないのはあまりにもお粗末ですね(−_−#)
#7163[2018/05/10 14:45]  まり姫  URL  [Edit]

Re: まり姫様COありがとうございます^^

> 特高は日本の恥部のはずですが、戦前の数々の悪行のいっさを問われず、戦後ぬくぬくと出世したものや経営者になったものまでいます。

戦前の特高警察は、手口もゲシュタポ(ナチス秘密警察)とよく似ており、海外では国民を弾圧した国家警察犯罪の代表とされている組織です。
ところが一般の特高警察官は、戦後G.H.Qから公職追放などの処罰を受けたのに、幹部達は処罰されなかったと言う奇妙な事実が記録に残っています。
これはマッカーサーが極端な反共主義者で、占領統治に当って社会主義活動や労働運動の取締りを、国内政治犯の弾圧に慣れていた特高幹部に指揮させた為です。
なので本来なら犯罪者の筆頭である幹部達は、断罪される事なく罪を免れてG.H.Qの飼い犬となって働き、その功績で戦後日本の政界や財界で随分出世しました。
元映画人としてはお恥ずかしい話ですが、大手映画会社の自主検閲(後の映倫)の役員には、特高警察の元幹部が結構いて、映画思想をチェックしていた事実があります。
特高警察は暴力を伴う過酷な尋問によって、大勢の死者や身障者を出したにも関らず、被害者は未だ泣き寝入りのままと言う事実は法治国家として大変疑問です。
#7164[2018/05/10 17:48]  sado jo  URL 

私の祖父は検事だったので徴兵対象外だったようです。
祖父が起訴した人の中には当然、特高警察に捕まった方もいたのでしょうね。

直系親族が直接武器を手に取っていないからと言って自分は戦争に関係ないとはとても言えないです。むしろ業が深いとも思えます。
#7167[2018/05/11 18:51]  椿  URL 

Re: 椿様COありがとうございます^^

> 私の祖父は検事だったので徴兵対象外だったようです。
> 祖父が起訴した人の中には当然、特高警察に捕まった方もいたのでしょうね。

戦時中は役人の大半は徴兵を免れました…検事ならなおさらの事でしょう。
国家に文句を言っただけで逮捕された時代ですから、あったかも知れませんね。
しかし、当時は「治安維持法」も「徴兵」されて戦地で人を殺すのも合法だったのです。
悪法を作るのは政治家ですが、結果をよく考えずにそれを支持した国民にも罪はあります。
人の命を奪うと言う事は、その人の子孫を未来永劫に絶つ事です…法はその権利を有する。
悪法の為に人が死ねばそれは国民の責任です…だから命を基準に法を見極める必要がある。
時勢の波に呑み込まれて、命の重さを見失ってしまった日本人はみんな業が深いですよ。
#7168[2018/05/11 22:28]  sado jo  URL 

こんにちは~♪
いつもありがとうございます(*^^)
少しバタバタしててお邪魔することができませんでした(*・ω・)*_ _))ペコリ
再開しましたのでまたよろしくお願いしますネ(^_-)-☆
今日はうっとおしい雨が降り続いていますε-(´ω`●)ハァ・・
応援ポチ
#7169[2018/05/13 14:10]  まり姫  URL  [Edit]

Re: まり姫様COありがとうございます^^

> 少しバタバタしててお邪魔することができませんでした(*・ω・)*_ _))
> 今日はうっとおしい雨が降り続いていますε-(´ω`●)ハァ・・

せっかくの日曜日が一日中雨で、どこにも行けなかった人も多かろうと思います。
そんな日は部屋の片づけを思いついてやったりするので、却って忙しかったりします。
こちらもご同様で、バタバタしててまた小説の執筆が遅れてしまいました(苦笑)
#7170[2018/05/13 17:59]  sado jo  URL 

こんにちは~♪
いつもありりがとうございます(*^^)
今日は朝から晴れて気温もぐんぐん上がり結構暑い月曜日になりました。
今年の五月は例年に比べて暑くなりそうですね。
今週もよろしくお願いしますネ(^_-)-☆
応援ポチ
#7171[2018/05/14 16:16]  まり姫  URL  [Edit]

Re: まり姫様COありがとうございます^^

> 今日は朝から晴れて気温もぐんぐん上がり結構暑い月曜日になりました。
> 今年の五月は例年に比べて暑くなりそうですね。

五月だけでなく夏も相当暑くなりそうですよ…温暖化は確実に進行してますね。
幼い頃に見聞きした戦後の記憶を、次世代の為に可能な限り残そうと思ったのですが、
みなさん余り興味がない様子で、コメントも少なくて少し考え込んでいます。
戦後を通して今現在起きている人の心の歪みに肉薄できればと考えたのですが、やはりテーマが重すぎたのでしょうかね。
#7172[2018/05/14 18:52]  sado jo  URL 














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