シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

棘(いばら)の記憶

棘の記憶 「記憶の始まり(3)」

棘03

 いったい幾人の女を未亡人にした事だろうか?いったい幾人の子供を父無し子にした事だろうか?
 時には子供から母親を奪い、父や母から息子や娘を奪った事もあった。
 いつしか父の手はすっかり血に汚れてしまっていた…それでも、父に罪の意識はなかった。
 自分はお国のために働いているのであり、国家の正義を遂行しているのだと頑なに信じていた。
 いゃ、もしかしたら、生きて家族を養うために自分の心にそう言い聞かせていたのかも知れない。
 そんな状況が一変したのは、昭和20年8月15日の事だった。
 その日の正午に、天皇陛下から大日本帝国臣民に直々にお言葉が下されるとの通達があった。
 早めに昼食を済ませた父たち特高警察官は、会議室のラジオを前にして直立不動の姿勢を取って耳をそばだてた。

「朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク 朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ…」

 それは大日本帝国が連合国に対して無条件降伏した事を国民に告げる天皇陛下の「玉音放送」だった。
 「すぐに書類を集めて焼き捨てろっ!」…天皇陛下のお言葉が流れている最中に上官が怒鳴るように命じた。
 とっさに父は思った…天皇陛下のお言葉を遮るとは何と言う無礼な上官か。
 だが、余りのすさまじい剣幕に押されて、父は上官の命令に従うしかなかった。
 それまで上官の命令通りに忠実に任務を遂行してきた父の頭に、初めて疑念が湧き上がった。
 なぜ貴重な捜査資料を焼き捨てなければならないのか?これじゃ、まるで犯罪者が証拠隠滅を企むのと同じではないか。
 我々は警察官だ。お国のために法の下に社会の治安を守っている…第一、兵隊のように米英軍と戦って敵兵を殺した訳でもない。
 戦争に負けたからと言って警察が咎められる謂われはどこにもないはずだ…それとも、我々が何か罪を犯したとでも言うのか?

 警察署の庭のドラム缶の中で燃えている書類の束を見つめながら父は考えた。
 もしや、我々は自分でも知らぬ内に法を犯していて、上官たちだけがそれを知って事実を隠そうとしているのではなかろうか?
 それ以外に書類を焼き捨てなければならない理由は見当たらない…だとしたら、我々は上官たちに騙されていたと言う事になる。
 でも、何の理由があって今まで我々を騙してきたのだろうか?…立身出世のためか?保身のためか?それとも金のためか?
 「天皇陛下の御ため、お国のために滅私奉公に励め」と、いつも訓示していた彼らの忠義とはいったい何だったのだろうか?
 あの態度を見る限り、彼らに心底から陛下を敬う心があるとは思えない…もしや、我々は愛国心を利用されていただけなのか?

 さすがに、東都大学で犯罪心理学を学んだだけあって父の推測は外れてはいなかった。
 当時の日本の上層部にいた者と多くの一般庶民では、天皇陛下に対する尊敬の念が大きく異なっていた。
 一般庶民の純粋な天皇への敬愛に対して、上層部にいた者たちはかっての武家士族と同じような目で天皇を見ていた。
 つまり、明治維新で武家の世が終わっていても、天皇は相変わらず自分の家門や立場を権威づけるための飾りでしかなかったのだ。
 だが、書類を焼き捨てたらそれで済む話ではなかった…追い討ちを掛けられるように父には過酷な運命が待ち受けていた。

~続く~

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~ Comment ~


そうですね
確かに、現実逃避的な安っぽい希望を売るのが良しとされるご時世だと、このテーマは重い気がします

だからこそ、書き続けて欲しいと思います

そういう自分も、今回書いている小説のテーマは、キャリアの中で間違いなくベスト3に入るだろう重いものだったりするので

それなりにいる気がしますよ
現実逃避的な安っぽい希望に飽きてるような読者が
#7173[2018/05/14 20:51]  blackout  URL 

こんにちは!いつも、ありがとうございます。

天皇陛下のお言葉を聞いて、そう命令した上官の心中?
一兵卒は知らずとも、戦争という名の下で、悪いことをしている、という想いがあったのでしょうか?

お国の為、という信念に基づいての行動ではなかったのでしょうか。
戦争に行った人は、みな、不信感を持って戦地に行ったのでしょうか。

あまりに、むごいです。
それこそ、国を憂い、お国のために死んだ人は、犬死ではないかと、考えてしまいます。
#7174[2018/05/15 13:36]  窓  URL  [Edit]

Re: blackout様COありがとうございます^^

> 確かに、現実逃避的な安っぽい希望を売るのが良しとされるご時世だと、このテーマは重い気がします
> だからこそ、書き続けて欲しいと思います

「(特撮は)本物に見せ掛けた偽物を作るんじゃない。本物を超えた偽物を作るんだ」
自分が特撮スタッフだった若い頃に、円谷英二監督(社長)からよく聞いた言葉です。
映画もアニメも文学もそれ自体はフィクションですが、限りなく本物でなければならない。
人の喜びや悲しみ、生や死を上っ面で描いたんでは、決して見る者の心を揺さぶれない。
現実逃避的なテーマに慣れている読者を相手にするには、確かに重すぎるかも知れません。
でも、生きている以上現実は避けて通れません…本物を超える偽物を書きたいと思います。
#7175[2018/05/15 13:48]  sado jo  URL 

Re: 窓様COありがとうございます^^

> 天皇陛下のお言葉を聞いて、そう命令した上官の心中?
> 一兵卒は知らずとも、戦争という名の下で、悪いことをしている、という想いがあったのでしょうか?
> あまりに、むごいです。

政治の中枢・大本営の上層にいた者の戦後の言葉を聞くとはらわたが煮えくり返りますよ。
「戦争は已むを得なかった」「戦には犠牲が付き物」「国を守る為だった」「悪意はなかった」
大勢の命を犠牲にして一体誰を守ったのか?…自己弁護と保身ばかりで全く反省していない。
彼らには忠誠心などはなかった…自分達の地位や名誉の為に天皇を利用しただけの事です。
作戦遂行に当たり「何人殺したら勝てるか」…と言う上層部の会話記録が今も残っています。
「何人殺したら」と言うのは敵兵の事ではありません。味方の兵を幾人犠牲にすれば勝てるかと言う意味です…彼らにとって兵卒は消耗品だった…それが真実です。
日本人は偉くなると自分を特別な人間だと思い込み、人の命を軽く見る悪癖を持っています><
#7176[2018/05/15 15:31]  sado jo  URL 

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#7177[2018/05/16 15:40]     

Re: m様COありがとうございます^^

大火傷にならなくて幸いでしたね…お大事にして下さい^^
でも最近のニュースでは、自分で注意しても災いに巻き込まれる人が多い様です。
新潟の幼女誘拐殺人などは、近所にどんな人間が住んでるか分からない典型ですから。
国会議員を見ても分かる様に、今の日本は常識や倫理が通用しなくなっています(嘆)
#7178[2018/05/16 17:06]  sado jo  URL 

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#7179[2018/05/17 15:31]     

Re: m様COありがとうございます^^

気をつけていってらっしゃい…旅行には最適の季節です^^
#7180[2018/05/18 11:17]  sado jo  URL 














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