シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

「▼やさしい刑事」
やさしい刑事 小説本編

やさしい刑事 第4話 「母地蔵」 (1)

母地蔵

<オリジナル/ファンタジー/ミステリー>

 それはひょんな出来事から始まった事件だった
 歓楽街のはずれにある夜の女たちが住まうマンションで、一人の中国人女性が、隣室に助けを求めて転がり込んだ。
 ひどく下半身から下血していて、すぐさま救急車で病院に運ばれたが、手当ての甲斐もなくそのまま息を引き取った。
 死亡原因は、出産後の出血によるものと診断されたが、肝心の産んだはずの赤ん坊が何処にも見当たらかったのだった。

「助けてっ!…って来た時はびっくりしたわよ。だってネグリ(ジェ)の下が血で真っ赤っ赤で…」隣室のホステスは言った。
「どうしてそんなになるまで放っといたんでしょかねぇ~…一人暮らしだったんですか?」ヤマさんは尋ねた。
「いいぇ、男が出入りしてたわ…って言うか、同棲してたのかな?背の高いハンサムないい男だったわよ~」
「ふ~ん。同棲ねぇ…で、今その男は?」
「そうねぇ…そう言えば、あの子が病院に担ぎ込まれるちょっと前から見てないわね~」
「もしや、隣から赤ん坊の泣き声とかは聞こえませんでしたか?」
「あぁ、そう言えば二、三日前に赤ちゃんの泣き声がしてたような気がするわ」
「そうですか、やはり…で、その同棲していた男はどこに行ったか知りませんかね~?」」
「分かんないわよ。人の彼氏の事なんか…あぁ、あの子Mって言うバーで働いてたから、ママさんなら知ってるかも?」
「分かりました。どうもご協力ありがとうございました」ヤマさんは、隣室のホステスに礼を言って立ち去った。
 聞き込みを終えたヤマさんが出て来たマンションの隣には、更地になっている空き地が広がっていた。
 どうやら子供たちの遊び場になっているらしく、空き地の中では何人かの子供たちがたむろして遊びに興じていた。
 ちょうどその入り口の脇に、むき出しのままの小さな地蔵尊が安置してあり、一人の老婆が周りの草をむしっていた。
(信心深いこった…俺みたいな無信心なヤツもいると言うのにな~)
 ヤマさんは苦笑いしながら、地蔵尊の側を通って空き地の前に停めておいた車に乗り込んだ。

 それからヤマさんは、病院で亡くなった中国人ホステスが働いていたバーに行った。
「シュウちゃん。いい子だったのにねぇ~…まさかあんな死に方をするとは」バーMのママさんはそう言った。
「付き合っていた男がいたそうですね…何でも同棲してたとか?」ヤマさんはママに尋ねた。
「あぁ、あいつねぇ~…女の稼ぎをアテにするような男なんかやめなさい!ってシュウちゃんには言ったのよ」
「その男ってのはシュウちゃんのヒモだったんですか?…マルジー(ヤクザ)だったとか?ベントウ(前科)持ちだったとか?」
「いや~…そんな根性のある男じゃないわよ。ただのハズレモンよ。元タレントだったとか言ってたけどね」
「ふ~ん…いつ頃からシュウちゃんと付き合い出したのかは分かりませんかね~?」
「一年くらい前にお店に来た時からかしら…そう言えば、半年くらい前からシュウちゃんお腹が膨らんでたわね。目立たないようにドレスで隠してたけど」
「やっぱり妊娠してたんですね。その男の子供を」
「三ヶ月ほど前に、ビザが切れるからいったん取り直しに中国に帰るって言ってたけど…あれ、嘘だったのかしら?」
「そりゃぁ、きっと子供を産むためについた嘘ですよ」
「じゃぁ、やっぱり産んだんだ!…あんなしょ~もない男の子供を」
「多分一人で産んだんだと思います。今わの際まで「ウァウァ、ウァウァ(赤ちゃん)」とうなされてたらしいですから」
「そうだったの~…可哀そうなシュウちゃん」
「ところがですね~…その産んだはずの赤ん坊がどこにも見当たらないんですよ」
「まさかあの男が?…いやいや、あいつは赤ん坊を引き取って育てるようなタマじゃないわね」
「でも、手掛かりはその男しか無いんでねぇ~…男について知ってる限りの事を話していただけませんか?」
「いいわよ。私の知ってる事で役に立つならいくらでも」
 そうしてヤマさんは、バーMのママから同棲していた相手の男に関する情報を聞き出し、写真までも手に入れた。

 ヤマさんが『バーM』のママから入手した情報を元に、男の身元を洗い出した警察は任意出頭を求めた。
 だが、ふて腐れた顔をして警察に出頭してきた男は「女とは別れた」「赤ん坊の事は知らない」とシラを切り通した。
 確かに、シュウちゃんの治療をした病院の医師からは、死因は出産後の失血によるものと言う死亡診断が出ていた。
 それに誰一人、肝心の産まれた赤ん坊を見た者もいない上、何一つ男が関っていると言う証拠はなかった。
 ヤマさんは男の聞き取り捜査に全力を尽くしたが、しょせん参考人としての事情聴取には限界があった。
 はぐらかされて肩を落とすヤマさんを尻目に、男は勝ち誇ったように肩をいからせて取調室を出て行った。

 ヤマさんは、再び事件を検証しようと死んだ中国人ホステスが住んでいたマンションにやって来た。
 側の空き地にある地蔵尊の前では、あの日見掛けた老婆が腰を屈めて草むしりをしていた。
「お婆ちゃん、精が出るねぇ~」ヤマさんはそう声を掛けた。
「あぁ、若いモンが誰も世話せんからのぅ~」老婆は、ヤマさんを見上げながらそう言った。
「ここは、もう少ししたら保育園が建つんだろ…そうしたら、お地蔵さんも引越しになるんじゃないのか?」
「いんや、引越しなんぞせんよ。この地蔵様はの…子供に縁(ゆかり)のある地蔵じゃからのぅ~」
「へぇ~…そりゃまたどうして?」
「小さい頃、わしの母親から聞いた話じゃがの…戦時中にこの街に大空襲があったそうな」
「うん、俺も聞いた事があるよ…何でも、街中が辺り一面焼け野原になったってなぁ~」
「その時の…空襲から逃れようとした一人の母親が、幼いわが子にはぐれてしまったそうじゃ」
「空襲の最中に子供にはぐれたのか~…そりゃあ、えらい事になってしまったもんだな~」
「その母御はの…爆弾の降る火の海の中を、死に物狂いでわが子を探して走り回り、深い火傷を負ってここまで来て、とうとう倒れて亡くなってしまったそうじゃ」
「なるほど…それでその母親を供養するために地蔵さんを作ったのか~」
「まっ、わが子を思う母親の気持ちなんぞ、男にゃ分からんじゃろうがの」
「いや、何と無く分かるよ…俺も同じような思いをした事があるからな」
「そうかい…それじゃぁ、せいぜい母親孝行するこったな」
 お婆さんにそう言われて、ヤマさんは何となく後ろめたい気持ちになった。

 ヤマさんは、マンションの大家から鍵を借りて、死んだ中国人ホステスが住んでいた部屋に入った。
 部屋の中は、もうすっかりリフォームされていて、壁紙も血が点々と付いていた畳も取り替えられていた。
(きっと、シュウちゃんはこの部屋で誰の助けもなしに、たった一人で赤ん坊を産んだのだろう)
 ヤマさんは新しくなった部屋に一人佇んで、その時に起こったであろう出来事に思いを巡らせた。
(確かに、ここに産まれたばかりの赤ん坊と母親がいたはずだ…でも、その赤ん坊はどこに消えたのか?)

~続く~

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おはようございます
親が子を想う気持ちに心を打たれました
#194[2014/05/08 08:06]  ネリム  URL  [Edit]

Re: そうですね^^ネリム様

> 親が子を想う気持ちに心を打たれました

爆弾の降る中を、自分の命も顧みず、行方不明になった我が子を探して…
母親の深い愛には涙がこぼれます。

実は、私が以前経営してた店は、そんな戦時中の逸話があった跡地でした。
写真に妙な物が写るので、某霊媒師さんに見てもらったら、
大きな母犬と子犬(多分、水子)の霊が住み着いてるそうでした。
悪い霊じゃなくって安心しました。あ!ネタバレになっちゃいました(笑)

#195[2014/05/08 13:18]  sado jo  URL  [Edit]














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