シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

「▼やさしい刑事」
やさしい刑事 小説本編

やさしい刑事 第4話 「母地蔵」 (2)

母犬

 異国の地で、誰の助けもなく一人で赤ん坊を産むのは、きっと大変だったに違いない。
 なぜ、そうまでして産もうとしたのだろうか?…妊娠した事に気づいた時に、堕ろす事もできただろうに。
 女はわが身の危険を冒してまで、それほどまでに、自分のお腹に宿った赤ん坊を愛おしく思うものなのだろうか?
 シュウちゃんは、結果的に…おそらく、相手の男が連れ去ったであろうわが子を思い続けながら命を落としてしまった。
 わが子を思う母親の深い愛情を考えると、ヤマさんは何だかいたたまれない気持ちになっってきた。
(証拠さえ見つかれば何とかなる…今となっては遅いが、亡くなったシュウちゃんのためにも必ず仇を取ってやる)
 部屋の壁をじ~っと見つめながら、ヤマさんはそう自分の心に誓った。

 ヤマさんが、事件があった部屋の検証を終えてマンションを出た頃には、すでに日は西に傾き始めていた。
 むき出しのお地蔵さんの前で草むしりをしていた老婆は、どうやら帰り支度に取り掛かっている様子だった。
「やぁ、お婆さん…もう終ったのかい?」ヤマさんは、そう言って老婆に声を掛けた。
「あぁ…腰が痛いよ。歳は取りたくないもんだねぇ~」老婆は、よいしょとばかり荷物を持って立ち上がった。
 ふと見ると、子供たちが遊び終えて帰った空き地の片隅に、大きな犬が寝そべっているのが見えた。
「おぉっ!あそこに大きな犬が寝ているよ…ありゃぁ、レトリーバーかなぁ~?」
「寝てるんじゃ~ないよ。子供にお乳をやってるんだよ」
「へぇ~…どうして分かる?」
「ほら、子供をかばうように体を丸めて、時折、舌でペロペロ舐めながら子供をあやしてるだろう」
「そうかなぁ~…に、しては肝心の子犬の姿が見えんがな~?」
「そんな事ぁ~知らないよ…ともかく、子供にお乳をやる仕草にゃあ違いない。女なら誰でも分かる」
「女ならねぇ~…そんなもんか?」
「あぁ、そうだ…だから男は鈍いってんだよっ!」
 老婆に叱られながら、ヤマさんは寝そべっている犬を見たが、側に子犬の姿はまったく見あたらなかった。
 しかし、ヤマさんの心の中には、何かしら不思議なものが湧き上がってきた。

 警察署に帰ったヤマさんは、さっそく平野刑事に声を掛けた。
「おぃ、平野刑事。二、三人警官を呼んできてシャベルを用意させろ。お前さんもついて来い」
 そう言うとシャベルを手にした警官を集め、全員でパトカーに乗ってさっきの空き地に取って返した。
(あの犬が寝ていたのは、確かこの辺りだったよなぁ~)主任刑事は場所を確認した。
「ヤマさ~ん。何するんですか~?…シャベルなんか担いできて」平野刑事が怪訝な顔をして尋ねてきた。
「花さかじいさんをやるんだよ。宝物がザックザック出てくるかも知れんぞ~」ヤマさんはいたずらっぽく笑った。
「はぁ~?…いくら何でも、こんな所に宝物が埋まってる訳ないでしょう」
「いいからブツブツ言ってないで、この辺りを掘ってみろ」
 平野刑事と警官たちは、ヤマさんが指差した辺りをシャベルで掘り返した。
 出て来たのは、生後間も無い赤ん坊の遺体だった。

 行き付けの雀荘から出て来た男に、平野刑事は逮捕状を突きつけた。
 それを見るなり、男は懐からナイフを取り出してチラつかせながら、あわてて逃げ出そうとした。
「この野郎っ!こんな所でマッポ(警官)なんぞに捕まってたまるか~」男は逃げながらわめいた。
 平野刑事と警官は、怯まずに逃げる男に跳び掛かった。男はナイフを振り回して激しく抵抗した。
「やれっ!平野刑事。ホシの腕の一本や二本へし折ったって構わん!」いつもは温厚なヤマさんが激高していた。
 女を食いものにして哀れにも死なせた挙句、産まれたばかりの幼い命を奪った男を許せなかったのだ。
 男は身体中傷だらけになるまで抵抗したが、とうとう、平野刑事にナイフを取り上げられて押さえ込まれた。
「くっそ~っ!こんな所で地獄のイヌに捕まるとはな~」捕まった男は、悔しまぎれに捨てぜりふを吐いた。
「お前の本当の地獄はこれからだ!覚悟しておけっ!」とヤマさんは男を一喝した。
 ガチャリッ!と男の手に手錠がはめられた。

 男を逮捕して留置所に入れてからデカ部屋に帰って来たヤマさんは、平野刑事に言った。
「なぁ…平野刑事。お前さんとこの実家って、工務店だったよな~」
「まぁ、田舎の工務店ですけどね…それがどうかしましたか?」
「あぁ、犬小屋を一つ作って欲しいんだが」
「えぇっ!?ヤマさん…とうとう一人暮らしが寂しくなって、犬でも飼うんですか?」
「馬鹿言えっ!イヌが犬を飼ってどうすんだよ」
「あれぇ、それ自虐ネタですか~?…でもまぁ、これでも高校の頃オヤジんとこでバイトしてましたから任せて下さい」
「うん、頼むわ。材料費は俺が払うから…でも工賃は払わんぞ」
「いいですよ~…いつもお世話になってる事ですし」

 それから数日後、ヤマさんは平野刑事と二人で、出来上がった犬小屋を車に積んであの空き地に向かった。
 空き地の地蔵尊の前では、いつものお婆さんがむき出しになっているお地蔵さんの世話をしていた。
「やぁ、お婆さん。お地蔵さんの祠を作って来たよ…犬小屋だけどな」ヤマさんは、お婆さんに言った。
「なぁに…お地蔵さんが雨露しのげりゃ、犬小屋でも何でもいいよ。それに犬は母性が強いって言うからお似合いだわさ」
 そうして、ヤマさんと平野刑事はお婆さんと一緒にお地蔵さんを掃き清めて、犬小屋の中に安置した。
 それが刑事にできる せめてもの『やさしさ』だった。

 一仕事終えたヤマさんは、額の汗を拭いながら神妙な顔で平野刑事に言った。
「なぁ…たった10カ月しかお腹の中にいなかったのに、どうして子供は一生オフクロとへその緒が切れねぇんだろうな~」
「どうしたんですか?ヤマさん…急にシンミリして」
「いや、何でもないよ。何でも…」

 あの時、男に殺されて埋められた赤ん坊にお乳を与えていた犬は、空襲でわが子とはぐれて焼け死に、地蔵になった母親なのか?
 それとも、男に赤ん坊を連れ去られて、病院で今わの際までわが子を思い続けながら死んだシュウちゃんの化身だったのか?
 さすがのヤマさんにも、そこまでは分からなかった。
 思えば、わが子を思う母親の愛情は、どこまで深いものなのだろうか。
 ヤマさんは日が落ちて行く西の空を見上げたながらポツリとつぶやいた。
「雪と子供は今どこに」と…
 ヤマさんの妻と子供の行方が分からなくなってから、長い年月が流れていた。

やさしい刑事 第四話 「母地蔵」 (完)

今は亡き母に捧ぐ・・・

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「母地蔵」はちょっと胸が痛くなるような話ですね。
哀しい話ですが、最後は少し救われます。
#196[2014/05/09 06:41]  エリアンダー  URL 

Re: CO ありがとうございます^^

> 「母地蔵」はちょっと胸が痛くなるような話ですね。
> 哀しい話ですが、最後は少し救われます。

戦時中に実際にあった(らしい)出来事をベースに書き起こしました。
父が犬飼いだったので、犬の性質はよく知ってますが、とても母性の強い動物です。
赤ん坊を側に連れて行くと、他の動物の子にでも、お乳をやろうとしますからね~
本能とは言え「母親の愛情」は、生まれながらに備わってるみたいですね。
#197[2014/05/09 11:08]  sado jo  URL  [Edit]














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