シムーン第二章 ~乙女達の祈り~

特撮で有名な円谷プロの元スタッフのブログです。面白くてためになる「小説」や「お話」「詩」をお届けします。【通常ブログ画面】 からお入り下さい。

地球年代記 ~カルマ~ 第7話 「人魚姫」 (12) 

地球年代記 ~カルマ~ 小説本編

人魚姫12
戦場では兵士よりも民間人の犠牲者の方が多い

「聞こえやしねぇよ。怒鳴っても無駄だって…マコト」
「でも、やる事が無茶苦茶すぎやしねぇか?あいつら」
「無茶苦茶も何も…動くものは撃つのが兵隊だからな」
「俺はあんな兵隊にはなりたかねぇよ」
「やつらもよっぽど焦ってんだろうな…それより車だ」
「あぁ、見に行こう。ケンタ」

※ 戦闘地域では、何よりもまず相手の目となるものを潰す事が優先される。
なので、自分達を見ている者が敵に位置を教えたり、誘導したり、弾着を観測していると誤解する。
戦闘地域にいる民間人は、行き交う軍隊を見るだけで、大変な危険にさらされる事になるのだ。

 ケンタとマコトは、救急車の歪んだドアを開いて外に出た。
 路壁にぶつかって停止した車の後部車輪辺りからは白い煙が出ていた。

「ヒャ~ッ!タイヤがやられたと思ったけど、車輪丸ごとか~」
「30ミリ(機関砲)を喰らったんじゃ、何もかも吹っ飛ぶわな~」
「車体直撃だったら、今頃全員死んでたよな」
「あぁ、運が良かったのか悪かったのか…5キロも来てねぇのにな~」
「これからどうするよ?」
「とりあえず、引き返すしかないんじゃね」
「歩いてか?…病人がいるんだぞ」
「抱えて行くしかないよ…他に方法があるか?」
「ないな」マコトはガックリと肩を落とした。

 ケンタとマコトは、全員を壊れた救急車から降ろした。
 小此木はさっきの銃撃で足を怪我してしまっていて、無理はできそうになかった。
 被爆して火傷を負っている母親も、これ以上赤ん坊を抱いて歩くのは困難に見えた。
 ケンタは大火傷を負っている赤ん坊を背中におんぶして歩き出した。
 マコトも首に火傷を負って口の利けない少女を背負いながら歩いた。
 背中に温かみを感じながらも、彼は少女の苦しそうな息づかいがやたら気になった。
 小此木と赤ん坊の母親が支え合いながら後から続いた。
 とぼとぼと歩く彼らを夜の闇が包んでいた。

~続く~

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ゴジラと戦争(核)と日本人 

随想/論文集

円谷英二&ゴジラ
ゴジラに演技をつける円谷英二監督

庵野秀明監督「シンゴジラ」の大ヒットで、世代を超えた人気を証明したゴジラほど息の長いキャラクターはいない。
だがゴジラは、1954年の東宝映画で生まれたのではない…それ以前に、日本人とは切っても切れない深い縁の中から生まれた。

私が故 円谷英二社長に初めて会ったのは、う~んと若い頃の事だった。
当時の円谷プロは、東宝から独立してTV界に乗り出し「ウルトラQ」や「ウルトラマン」をヒットさせた花形映画撮影所だった。
よくぞまぁ、大胆にもそんな撮影所の門を叩いたものだと思う…恐いもの知らずの若さからか?今になって思えば恥ずかしい。
英二社長は、眼鏡を掛けた温厚そうな小柄なお爺さんで、一見しただけではとても特撮の産みの親とは思えない様な人だった。
そんな英二社長から、なぜゴジラの様な大災禍を齎す恐ろしい怪獣が生まれたのか?…それには深い訳があった。

「ゴジラ」が人目に姿を現す1954年を遡る9年前の事、日本の戦争を賛美する映画を製作していた英二社長は東京にあった。
後にそれがアダとなり、戦争に協力した多くの芸術家や文化人と共にG.H.Qに追われて、不遇の戦後時代を過ごす事となった。
しかし、英二社長にはどうしても頭に焼きついて離れないあるイメージがあった。忘れようとしても忘れられない映像があった。
それは1945年3月10日。大勢の犠牲者を出した「東京大空襲」での事…防空壕に避難した英二社長は怪獣の足音を聞いたのだ。
暗闇の中をドスン!ドスン!と近づいてくる恐怖…もはやこれまでか?と思った時、英二社長の頭の中にあるイメージが閃いた。
海の向こうからやって来たクジラの様な巨大な怪物が、家も街も全て破壊し、恐怖に怯える人々を圧倒的な力で踏み潰していく。
そのイメージは、広島・長崎の原爆で確かな像を結んだ…人には抗えぬ巨大な力がこの世には存在する。それを映像化してみたい。
東宝に復帰した直後に、ビキニ環礁で操業していた「第五福竜丸」が米国の核実験の犠牲になると言う悼ましい事件が起こった。
言葉は悪いが機は熟した…こうして、着想から丸9年「ゴジラ」は、我々日本人の前に抗いようのない巨大な力として姿を現した。
それは今も昔も日本人の血の中に流れているものを呼び覚ました。戦時中の日本人はB29や広島・長崎の原爆にそれを感じた。
今の世代は、アメリカやロシアや中国に同じものを感じるかも知れない…ゴジラが時代を超えて受け継がれる秘密はそこにある。

多くの日本人がアメリカで製作されたゴジラ映画に余り反応しない理由は、そこに大きな感性の違いがあるからだろうと思える。
3.10「東京大空襲」或いは3.11「東日本大震災」で日本人が感じたのは、どうにもならない圧倒的な力で踏み潰される恐怖だが、
9.11「同時多発テロ」でアメリカ人が感じたのはハチに刺される恐怖なのだ…なので、同じ恐怖でもまったく感覚が異なっている。
実際、彼らは「そんならハチを巣ごと退治する」とばかりイラクまで出掛けて、却ってハチの恐怖を世界中にばら撒く事になった。
そんなアメリカ人に、圧倒的なゴジラの力の前に立ち竦む無力な人間が描けるはずもなく、ゴジラらしくない映画にしかならない。
余談だが、アメリカ製ゴジラ映画で、米国の原子力空母が海上を往くゴジラと並んで走っているシーンを見て思わず吹き出した。
自衛隊ならそんな事は絶対にしないが、彼らには「もし向かって来たら、ミサイルで粉々にしてやる」と言う自信があるのだろう。
弱者の感性を持たないアメリカ人に、ゴジラをゴジラらしく描けと言う方が無理で、やはりゴジラは日本人が描く方がサマになる。
「シンゴジラ」は生物対近代兵器と言う描写の無理はあったが、円谷英二社長が製作した「ゴジラ」の感性がよく出ていたと思う。
今秋、その円谷プロに在籍した事のある虚淵玄氏が、アニメ版「GODZILLA」を発表するそうで、こちらも期待出来ると思います。



ギャレス・エドワーズ監督のハリウッド版「GODZILLA」 (予告編)
海外製ゴジラ映画の中では最も原作に忠実で、映像の出来は群を抜いてると思います…が、如何せん伝わって来るものがない><
生体核兵器であるゴジラを人工核兵器で倒す発想は、いかにも「核抑止論」を信じるアメリカ人らしいが、それは全然感性が違う!
あなた方は、いつもアメリカが他の国の人々にやってる様に、一辺どうしようもない圧倒的な力に踏み潰されてみては如何ですか?
そうすれば日本人がどんな思いでいるかが分かり、日本人が描いたゴジラが分かると思いますよ(笑)


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地球年代記 ~カルマ~ 第7話 「人魚姫」 (13) 

地球年代記 ~カルマ~ 小説本編

人魚姫13

 野戦病院にたどり着いたのは夜もだいぶん更けた頃だった。
 野々村は、重い足を引きずりながら帰ってきた一行に驚いて言った。
 
「どうしたんだ!何かあったのか?」
「すみません野々村先生。途中でロシアの戦闘機に襲われました」
「救急車が大破してしまって、仕方なく引き返すしかなかったんです」

 ケンタとマコトはいきさつを野々村に話した。

「そうか…小此木君が患者をかばって怪我をしたのか」
「赤十字のマークを付けてるのに撃ってきやがって」マコトは憤懣やるかたない様子で言った。
「戦争とはそんなもんだ…病院が爆撃された例は幾らでもある。みんなの命が助かっただけでも幸いだった」
「どうしましょう?足がないととても稚内までは」ケンタは野々村に尋ねた。
「すぐに部隊に頼んで手配してもらおう…取り合えず中に入って休みなさい」

 野々村はみんなを中に入れると無線電話を手に取った。
 
「重病人がいるんだが、車を手配してもらえんだろうか…何っ!旭川が空襲されて部隊は全部救援に出払った?」
「あっ!さっき見たヤツらだな」ケンタが言った。
「救急車が襲われて壊されたんだ。一刻を争うんだが…そうか、そっちもやられて満足に動く車はないのか」
「だめなんですか?」マコトは尋ねた。
「聞いた通りだ…どこもかしこも大変な状況になってるみたいだ」

 野々村は気落ちした表情だったが、すぐに気を取り直して言った。

「嘆いていても始まらない…小此木君。動けるか?」
「はい。大丈夫です」小此木は気丈夫に答えた。

 さすがに看護師の小此木は、自分で自分の怪我の手当てを済ませていた。

「よし、やろう…そこの二人に手伝ってもらってベンチュリー(酸素吸入器)と、後モルヒネを持ってきてくれ」

~続く~

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地球年代記 ~カルマ~ 第7話 「人魚姫」 (14) 

地球年代記 ~カルマ~ 小説本編

人魚姫14

 それから医師と看護師と、患者の死との闘いが始まった。
 野々村は一時も手を休める事なく、交互に赤ん坊と少女の手当てを続けた。
 小此木は足に巻いた包帯から血を滲ませながら、診察台の間を行ったり来たりした。
 ケンタとマコトはそんな医師と看護師をただ黙って見守るしかなかった。
 何もできない自分たちをとっても無力に思った。

「君たちは疲れてるだろうし、空いてるベッドで休んでいたまえ」

 そう野々村に言われても、必死にがんばっている二人を見るととても休む気にはなれなかった。
 だが、そんな医師と看護師の奮闘にも関らず、赤ん坊と少女の容態は悪化の一途をたどった。
 いくら手当てしても助かる見込みの無い事は、素人が見ても明らかだった。
 それでも、野々村は停止した患者の心臓を汗だくになりながらマッサージした。
 小此木は、自分の足の痛みさえ忘れて献身的に患者を介抱し続けた。

(見ず知らずの人間のために、なぜこれほど必死になれるのだろう?それが仕事だから…いゃ、そんなものを超えている)

 そう思うとマコトはいたたまれなくなった。
 気がつくと、いつの間にか途切れ途切れに息をしている少女の手を握っていた。
 それが、これから死のうとしている彼女にしてやれるたった一つの事だった。
 心なしかマコトには、少女が手を握り返して微笑んだように見えた。

 夜が白々と明け掛かる頃、赤ん坊と少女は息を引き取った。
 母親は、被爆して焼けただれた赤ん坊の身体を撫でながら泣いていた。
 小此木がそんな母親の肩にそっと手を置いた。
 振り返った母親は、小此木に身体を預けて泣きじゃくった。
 
 闘いは終わった。
 患者の死を見届けた野々村は、ソファーに倒れ込むように横になった。
 小此木は、赤ん坊と少女の顔に白布を掛けると、母親を促して別室に行った。
 ケンタとマコトも疲れた身体を空いているベッドに横たえた。
 そして、夜が明けかけているのも忘れて二人は泥のように眠り込んだ。

~続く~

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ゴジラを書く! 

随想/論文集

ゴジラを書く

円谷プロダクションのスタッフだった私にとって「ゴジラ」は長い間のあこがれであり、タブーでもあった。
怪獣映画が全盛期だった頃の特撮は、多分に朝鮮戦争やベトナム戦争の報道資料を参考にして製作されていたと記憶している。
しかし、急速に進化してゆく兵器の性能や破壊力は次第に怪獣を凌駕し、怪獣を主人公にした特撮の映像描写は困難になった。
如何なゴジラでも、近代兵器で固めた軍隊には歯が立たずに木っ端微塵となり、映像としてもリアル感を失って映画にならない。
かって米軍は、十数本もの魚雷を打ち込んで「戦艦大和」の分厚い鋼板を破った。今なら巡航ミサイル一本で大和を沈められる。
それどころか、アメリカ・ロシア・中国が持ってる核ミサイルを放てば、地球丸ごと全生物を20回、木っ端微塵にする事が可能だ。
これでは、人類を救う「ウルトラマン」も出る幕はない…つまり、人類そのものがゴジラを超える最強の怪獣と化してしまったのだ。
もはや怪獣ゴジラは脅威ではなくなり、代わりにいつ暴れだすか分からない権力者や狂信者の方が人類にとっての脅威となった。

だが、小さい頃に怪獣映画を観て育った新世代のアニメアーティスト達は、ゴジラの原点を全く別の視点で捉えていた様だった。
無理にこじつけてはいるが「シンゴジラ」の舞台は現代の日本ではない…これは異世界の日本であり、ファンタジー物語なのだ。
するとこれは「エヴァンゲリオン」や「魔法少女」の世界であり、そこでリアルに拘る必要はなく、魔術を使っても全然差し支えない。
いゃ、寧ろその方が強いメッセージを発信出来る…異世界の出来事を通して現世の人々に訴えかける新世代の発想がそこにあった。
元々、円谷英二監督がゴジラを作ったのは人々に何かを訴えたいが為だった。アニメ出身の監督達はその意思に沿ってる様に思う。
そう考えた時何かが吹っ切れた…今秋には、同じ円谷プロに在籍した虚淵玄氏が、アニメ版のゴジラを発表する話も出ている様だ。
ならば、旧世代の元円谷プロのスタッフだった私も、拙いながらも私なりのゴジラ像を描き表さねばならない様な気がして来た。
もちろん、まったく格の違う庵野さんや虚淵さんに対抗するつもりは毛頭ないし、私には私なりに現場で見てきたゴジラ観がある。
ただ描く事によって、お世話になった円谷英二社長や金城哲夫先生への僅かばかりの恩返しにでもなれば…と思っているだけす。
そして、何よりも誕生してから63年間…老体に鞭打って我々人類にメッセージを送り続けてくれているゴジラの献身に報いたい。

はて、63年の間人類は何をして来たのだろう?ゴジラが何かを訴え続けなければならないほど我々は進歩していないのだろうか?
もしゴジラが人間だったなら、我々をどの様に見るだろうか?そんなゴジラの視点に立って、書くからには真剣に書くつもりです
ゴジラであってゴジラでないゴジラ…今まで誰もその目線で捉えた事のなかったゴジラ…それでいて円谷監督の原点にあるゴジラ。
脈絡のないバラバラな話を書き、それらが次第に収斂して最期には人間に行き着く…そんなゴジラを描いてみたいと思っています。
円谷プロの元スタッフだからと怪獣物を期待する読者には期待外れになるかも知れませんが、商売を目的としていないので(笑)

特撮の神様と謳われる「円谷英二監督」は、あの原発事故のあった福島県のご出身で、事故現場からそう遠くない町で生まれました。
もしご存命だったなら、あの大地震と原発事故をどう捉えられたのだろう?奇抜で天才的な発想をされるのが円谷監督の真骨頂です。
批判や政治を超越して、我々が思いもよらぬ形で映画に表されるのではないかな?…その底には命と言うものが描かれてるはずです。




ギャレス・エドワーズ監督 「GODZILLA 2」 2018年 公開予定
核とゴジラとの破壊の恐怖に晒される人々にとって、なぜか双子姉妹の歌う懐かしい「モスラの唄」が唯一の救いに聞こえます。
せいぜいバカ仕出かしといて、今更モスラに助けを求めるなんて虫が良すぎますよ…まったく、愚かな人類は救いようがない><
まぁ、あの大統領だったら、遠慮なく核巡航ミサイルを発射して余計に事態を悪化させるのがオチでしょうが(笑)

ちなみに「♪モスラ~ゃ モスラ~」で始まるモスラの唄はインドネシアの古代原語に、日本の造語を混ぜ合わせたものです。
訳すと「偉大な霊力を持つ精霊よ 目を覚まして僕たる我らを守り賜え その力を示し賜え」と言う祈りの歌になるそうです。
何とモスラは精霊だった!…やはり怪獣映画はSFではなく、魔法ファンタジーの世界だと考えてもらった方が良いでしょう。


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地球年代記 ~カルマ~ 第7話 「人魚姫」 (15) 

地球年代記 ~カルマ~ 小説本編

人魚姫15

 目が覚めた時には、もう陽は西に傾きかけていた。
 野々村は物置から取り出してきたシャベルをケンタとマコトに差し出した。
 言われなくとも、彼が何を頼もうとしているのかすぐに分かった。

「すまんが頼む」

 そう言って野戦病院の裏手を指差した野々村の顔はげっそりとやつれていた。
 野々村が指差した場所はやや低い台地になっていて、かってはオホーツクの海を照らす灯台が立っていた。
 ケンタとマコトは、白いシーツに包まれた赤ん坊と少女の遺体をていねいに猫車に乗せた。
 マコトは送り出す遺体に手を合わせている野々村に尋ねた。
 
「あの~ぅ…こんな事を聞いたら怒られるかも知れませんが」
「ん…何だね?」
「先生はなぜ助からないと分かっていて、あんなに一生懸命になれるんですか?」
「命と言うものはね…それがどんなにか細い命でも、最期の最期まで死に抗って生きようとするんだよ。もうだめだからって医者が見放したら、そんな命に申し訳ないんじゃないかな」

 生きる意味を失いかけていたマコトには、野々村の言葉がズシンと来た。
 ケンタとマコトは肩にシャベルを担ぎ、遺体を乗せた猫車を押して歩き出した。
 赤ん坊の母親が、小此木に付き添われて後に続いた。

 海の見える台地に着いた二人は、シャベルで小さな穴と大きな穴を掘った。
 それぞれの穴に赤ん坊と少女の遺体を埋めると、持ってきた木の板で十字架を作って立てた。
 ケンタは母親にマジックペンを渡して、赤ん坊の墓の上に立てた十字架を指差した。
 母親は十字架に何かロシア語を書いて、手で十字を切った。

「何て書いてあるか分かんないけど、死んだ赤ん坊の名前なんだろうな」マコトが言った。
「そうだろな…けど女の子の方はどうする?喋れなかったから名前も聞けなかったもんな」ケンタはちょっと困った顔をした。
「あぁ、女の子の名前ならもう決まってるよ」

 そう言ってマコトはマジックペンで少女の十字架に名前を書いた。

~続く~

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地球年代記 ~カルマ~ 第7話 「人魚姫」 (16) 

地球年代記 ~カルマ~ 小説本編

人魚姫16

「人魚姫か~」

「深い海からやってきた幼い人魚姫は、溺れかけていた男の子を助けた。仲良くなった二人はよく海で一緒に遊んだ。そして、大きくなっても友達でいようと約束した。でも、大人になった男の子は、人間社会で暮らす内に人魚姫の事などすっかり忘れてしまった。
ある日、彼の所に一人の少女がやってきた。けれども少女の海のような蒼い髪は、彼が憎んでいる敵の民族の印だった。勘違いした男は少女に銃を向けて「お前の国に帰れっ!」と言った。彼女は、なぜ幼い頃に一緒に遊んだ男の子がそんな事をするのか分からなかった。海には国もなく国境もない。姿形は違っていても人魚はみんな人魚だった。人魚姫の少女は泣きながら海に帰っていった。
それからしばらく経って何やら陸地が騒がしくなった。気になった人魚が陸に上がってみると、あちこちの町や村が燃えていて男の姿はどこにもなかった。人魚姫は戦火の中で傷付きながらも懸命に男を捜し回った。そしてついにある戦場で変わり果てた男の亡骸を見つけた。人魚姫は男の亡骸を抱きしめて泣いた。そうして深い傷を負った人魚姫も死んでしまった」

「お前って詩人なんだな~…マコト」
「なぁ、ケンタ」
「何だよ?」
「僕が死んだらお前が埋めてくれるか?」
「あぁ、その時生きてたらな」
「でも、墓に名前を書く時に『山下真』はやめて欲しい」
「じゃぁ、何て書いたらいいんだ」
「『アンデルセン』って書いてくれ」
「あぁ、分かったよ」

 もうすぐ、オホーツクの海に漂う流氷が宗谷岬に接岸する季節になる。
 ただ、今年の流氷はいつもと違って、死を齎す放射能をたっぷり含んでやってくるだろう。
 その前にロシア軍が上陸してきて、互いに生き残りを賭けた激しい殺し合いが始まるかも知れない。
 でも、戦いに勝って生き残った所で、放射能で汚染された世界でいつまで生きていられるのか分からない。
 最後の一人になった人間は何を思うだろうか…独りぼっちになって誰かに逢いたくなるんじゃなかろうか?
 例えそれが敵であっても、なじられても、罵られても無性に誰かに逢いたい…そう思うんじゃないだろうか?
 遠からず、ただでさえ寒い宗谷岬にも、すべての生き物が死に絶える「核の冬」が訪れるのだろう。
 まもなく世界は終わろうとしていた。

それは、人間に陸を追われて仕方なく海で生きるようになった種族の末裔である人魚姫が見た人間世界の夢だったのか? 
それとも、戦場でたくさんの敵を殺した兵士がついに倒れ、最期に息を引き取る間際に見たはかない夢だったのだろうか?

 地球年代記 ~カルマ~ 第7話 「人魚姫」 (完)

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